興福寺
2015年6月29日月曜日
16:12
興福寺は法相宗の大本山。
ってアレ、前日訪れた薬師寺も同じだ。そもそも大本山ってなんだ?総本山はよく聞くけど。
というワケでまたお勉強の時間。本山とは、一宗一派の多くの末寺を統轄する寺院のことで、総本山とか大本山、別格本山、本山など、位置付けによって区別があるらしい。さらに、宗派によってそれぞれ用法が異なる、と。
つまり、法相宗において大本山は、薬師寺と興福寺の2つということか。
興福寺を創建したのは
不比等政権時に平城京遷都が行われてる。それに合わせて藤原氏の氏寺である
こうして調べたことをまとめていくと、今回の旅行の輪郭が浮かび上がってくる。
ランチを済ませた僕らは、そのまま興福寺の境内を歩き、五重塔へ。国内では京都の東寺に次ぐ、2番目に高い木造塔らしい。
最近数多くの古刹を巡って塔も相当見てきたからか、あまり感じ入るものがない。
帰宅後に偶然見つけた情報によると、猿沢池から臨むと綺麗みたい。それを知ってれば、また違ったかも。
東金堂の中には、拝観料を納めることで入れる。僕たちは国宝館との共通券を選んだ。
ご本尊は薬師如来坐像。周囲には、脇侍の日光・月光菩薩立像、文殊菩薩坐像、
それにしても、暑いからだろう、日傘を差す人の姿が目立つ。
五重塔から真っ直ぐ西へ、中門跡を右手に見ながら行くと、南円堂。建立には空海が関わっているとか。
八角円堂というものも見慣れてきたなぁ。堂内を拝観できたらいいんだけど、限られた期間しかやってないみたい。
南円堂正面に、
春の日は 南円堂に かがやきて みかさの山に はるるうす雲『第九番』とあるのは、ここが西国三十三所の第9番札所だからのようだ。空海の名が出てきたり、こうした寺院同士の横の繋がりというのが見えてくるのも、世界が広がるのを感じる。
階段を下ってからさらに西に歩くと、三重塔。ここまで行く人は少ないようで、急に静かになった。
落ち着いて見物できたせいなのかな、大きな五重塔より、こちらのほうが好きだと思った。
そこから北の坂道を登ると、左から賑やかな子供たちの声。そこはブラタモリでも出てきた、親愛幼稚園だ。
突き当たりには北円堂。残念ながら、近づけないうえに、景観を乱すフェンスまで立ってる。むぅ。
ぐるっと戻って東金堂も通り過ぎ、最後に国宝館に入った。
入口近くにいきなり仁王の頭部だけが置いてあって、それが強く印象に残った。
綺麗なトイレがあったので、館内を回る前に利用させてもらった。女性には有り難いんじゃないかな。
ここからは、特に印象的な仏像を、簡単にだけど挙げていこう。
珍しかったのは、板彫十二神将立像。一枚の板を浮き彫りにした形のは初めて見た。
館内中央の千手観音菩薩立像は存在感たっぷり。5メートルくらいある。
最も気に入ったのは、
中でも阿修羅は超有名で、仏像ブームの火付け役。
三面六臂のシンメトリーの造形美は、なるほど確かに素晴らしい。微妙にずらした配置が絶妙。3つの顔の表情には、独特の憂いが漂う。八部衆の中の一人とはいえ、やはり目立つ存在だ。傑作といわれるのも納得。
阿修羅と聞くと、世代的にキン肉マンのアシュラマンを想起してしまうけど、この阿修羅像も深く記憶に刻まれたよ。
興福寺は、あっちもこっちも国宝だらけで凄かった。
これにて予定はすべて消化。県庁近くの駐車場まで戻り、帰路に就く。この日は奈良公園を一周したようなものだ。いっぱい歩いた嫁、お疲れさん。
二日間、ゆっくりじっくり奈良を歩いた。お陰でたくさんの見所に出会えた。泊まりがけで行ったのは正解だったね。
観光客の減少で、拝観料を上げざるを得ない所もあると聞く。そのことを実感させられるような場所があったし、実際に法隆寺は引き上げられてる。
でも僕は、とても魅力のあるまちだと思った。華やかな京都と、つい比べられがちだけど、ここにしかない歴史があった。もう一度訪れたい所があるし、他の寺社にも興味が湧いてきた。
人が多過ぎてゆったり回れないのも困るけど、ある程度活気は必要。奈良がもっと元気になるといいな。