おのころ島神社

2015年10月19日月曜日 15:09
日本神話において、神々が最初につくったとされる島がオノゴロ島。その実在説を唱える地域がいくつかあり、淡路島南部にある、おのころ島神社もそのひとつ。
イザナギとイザナミが国産みで最初につくったのが淡路島ということもあり、その候補は淡路島周辺が中心で、沼島ぬしま絵島えしまにも伝承が残る。中でも沼島は特に有力のように思う。
しかし今回のメインはコスモス鑑賞、ついでに寄るには沼島は不便過ぎる。
そこで、伊弉諾神宮の次はおのころ島神社に行くことにした。
それにしても、オノゴロ島とオノコロ島、濁っても濁らなくても良いみたいなんだけど、ややこしい。

伊弉諾神宮からまた津名一宮ICに引き返し、西淡三原せいだんみはらICまで神戸淡路鳴門道を走る。島の西岸にあるサンセットラインから向かうって手もあったけど、慶野松原にはあとで行くつもりだったから、今は効率優先で移動。
車内はぽかぽか、時間は昼下がり。助手席の嫁は少し眠ってた。
向かった先は田園風景の広がるずいぶんのどかな場所。遠くから朱い鳥居がちらりと見えた。デカイな。

20151019_142823
駐車場に着いたら、車を下りて大鳥居の正面に立ってみた。高さは20メートル超といったところ。やはり巨大。なかなかこの規模の鳥居って見掛けないよ。
3年前にこれの塗り替え事業が行われたようだ。奉賛をその財源に充てたみたいなので、それだけ信仰されてるお社なんだろう。先程に続き、愛されてる神社に会えて嬉しくなる。

一礼して鳥居をくぐった先には、『三鈷さんこの松』。高野山にもあったような。珍しいものは縁起物になるということか。
入口の碑には『磤馭慮島神社』とあり、これは日本書紀の表記に倣ったもの。難読にも程があるから、ここ以外はひらがな表記にしてるんだろうな。
神社の隣は保育所で、子供たちの元気にはしゃぐ声が聞こえてくる。

20151019_143123
表参道には石段が続いており、厳かな雰囲気が漂う。
この丘の辺りはかつて島だったという説から、オノゴロ島と言われてるらしい。
石段を上った右手には、鶺鴒石せきれいいしなるものが祀られてた。でもまずは本社の参拝だ。

20151019_143318
というワケで正殿をお参り。
主祭神はイザナギとイザナミ。
それと、合祀されてる神にキクリヒメとあり、初めて聞く名前なので調べてみた。記紀の本文には登場せず、日本書紀の一書に一度だけ出てくるらしい。黄泉の国でケンカしたイザナギとイザナミの仲を取り持ったとされる。なるほど、そんな神様なら2神と一緒に祀られてるのにも納得。

20151019_143545
正殿は神明造しんめいづくり
日本発祥を謳いながら、こぢんまりしてて親近感が湧く。

20151019_143722
奥に進むと、摂社の八百萬神社やおよろずじんじゃがあった。イザナギとイザナミの産んだ神様全部を祀ってるみたい。ざっくりしてんなぁ。

20151019_144130
さらに、神社の西側の坂を下ると、御砂所に行き着いた。ここの塩砂は安産の神とされる。
その理由を述べるには、先に神話の内容に触れねば。
イザナギとイザナミが天浮橋アメノウキハシに立ち、天津神アマツカミたちに渡された天沼矛アメノヌボコを海に突き刺してかき回し、引き上げると、矛の先から塩が滴り落ちて積もり、島になった。それがオノゴロ島。
神社の砂はこの滴り落ちた塩である、というのだ。なので、安産を祈願する。
神話と符合させていくと、神社の由緒というものは実に面白い。

伊弉諾神宮と違ってここでは、他の参拝客とはたった一組しか出会わなかった。平日とはいえ、ちょっぴり淋しい。その一組も、とりあえず来ただけって感じで、つまんなさそうにしてたし。
ただ、御砂所の傍で掃除してた女性が、「こんにちは」って気持ち良く挨拶してくれたから、よりこの神社が好きになった。地域に大事にされてるのが、改めてわかったしね。

おのころ島神社は、大きな鳥居に比べると境内は狭い。見所も少ないからゆっくり回っても時間が掛からない。
だけど、ここも訪れて良かったと思う。オノゴロ島が本当はどこなのかなんてのは、人々の信仰心からすれば、些細なことなのかもね。

サイト内検索