大物主神と事代主神 5 葛城一言主神社

2023年7月16日日曜日 09:59

葛城といえば、ヒトコトヌシにも触れないわけにはいかない。『延喜式』神名帳の大和国・葛上郡に「葛木坐一言主かずらきにますひとことぬし神社」とあり、奈良県御所市森脇の葛城一言主神社かつらぎひとことぬしじんじゃに比定されている。

『古事記』では、
雄略天皇が葛城山で自分たちとそっくりの集団に出会い、雄略天皇が名を尋ねると相手はヒトコトヌシと答えたので、雄略天皇は恐れ入って身につけているものをすべてヒトコトヌシに献上した。
という。『日本書紀』では、
雄略天皇が葛城山で自分とそっくりの人に出会い、天皇が名を尋ねると相手はまず自分が名乗れと言うので、天皇が名乗ると相手はヒトコトヌシと答えた。二人は一緒に狩りを楽しんだ。
という。
特に『古事記』では、「凶事も一言、吉事も一言、言い離つ神」と名乗りを上げていて、呪言あるいは託宣の神として描かれている。名前といい、コトシロヌシに近いものを感じるね。

ただ実際のところ古代では、ヒトコトヌシはアジスキタカヒコネと混同されている。『土左国風土記』逸文には、
高賀茂の大社の祭神をヒトコトヌシといい、一説にはオオナムチの子のアジスキタカヒコネという。
とある。『続日本紀』天平宝字八年(746)条には、
昔、雄略天皇により葛城山で会った高鴨の神は土左に追放されたが、このほど土左から元の葛城の高鴨に迎えられた。
とある。
鴨の神は、アジスキタカヒコネとコトシロヌシの2つではなく、ヒトコトヌシも合わせた3つに分けられたんだろうかと考えたくなるところ。

しかし、葛城といえば葛城氏。賀茂氏が史実上活躍しだす壬申の乱よりも前に栄えていた、名門氏族だ。『古事記』や『日本書紀』にある仁徳にんとく天皇の皇后イワノヒメの詠んだ歌によれば、彼女の実家は「葛城高宮かずらきたかみや」だという。彼女の父は葛城襲津彦かずらきのそつひこなので、「高宮」が葛城氏の本拠地ということになる。『和名類聚抄』にある「葛上郡高宮郷」は奈良県御所市西佐味にしさびあたりに比定されていて、そこは高鴨神社が鎮座する地なのだ。
葛城氏がヒトコトヌシを祀っていたことを、積極的に示す史料は存在しない。だけど、即位前の雄略天皇に葛城円かずらきのつぶらが葛城の領地を、『古事記』では5か所、『日本書紀』では7か所を献上したとある。円が献上した領地には、「葛木坐一言主神社」の鎮座する地域も含まれていた可能性が高いとされる。その雄略天皇が、葛城山に登り葛城のヒトコトヌシと出会ったということは、偶然の一致とは考えられないんだよね。

所領を実質没収された葛城氏が程なく没落し、同族としてそこへ入り込んだ蘇我氏も落ちぶれたあと、賀茂氏によって、かつて葛城氏の本拠だった地に高鴨神社が築かれた。
賀茂氏はさらに、元々は葛城氏により祀られていたヒトコトヌシを、高鴨の神と同一神化、あるいは眷属神化していったと考えられる。そうした中で、ヒトコトヌシとアジスキタカヒコネを混同するような伝承も生まれてきたんじゃないかな。
『日本霊異記』上巻第二十八にて、葛上郡の賀茂氏の出である役行者がヒトコトヌシを呪法で縛ったというのも、こうした背景から理解できる話なのかもしれないね。


さて、高鴨神社から山麓線を北へと下っていくと、奈良盆地を見渡せてこれまた良い景色。葛城一言主神社の第2駐車場には、10分ほどで到着した。すでに何台か停まっている。
少しだけ歩いて戻って、一の鳥居からくぐった。青田と青空が気持ちいいね~。


社号標を過ぎると、祓戸社。詣でて清浄にしていただく。


その奥の石段を上ったところに、拝殿と本殿が東向きに建っていた。本殿はちょっと見えづらいけど、銅板葺の三間社流造のようだ。拝殿を通じてヒトコトヌシさまにご挨拶。


拝殿の前にそびえる御神木のイチョウは、樹齢1200年といい、極太の幹から、枝と呼ぶには太すぎる幹のような枝がいくつも伸びていて、凄い迫力。生命の力強さを感じる。


葛木かずらき其津彦そつひこ真弓まゆみ荒木あらきにもたのめやきみがわがりけむ
という万葉歌碑もあった。葛城襲津彦って歌に詠まれていたんだ~って初めて知って、その名を見られたことと合わせて嬉しくなった。


もうひとつ見たかったのが、本殿の北側に佇む雄略天皇像。リアルな造形でめっちゃカッコいい!弓を携え、きりりとした顔で見つめる先には、誰がいるんだろうか。


後ろ姿も良い。玉垣を巡らせてあって近づけないんだけど、周りをぐるぐる回って写真撮りまくっちゃった。

駐車場に戻ると、出ていく車がある一方でやってくる車もあった。アクセスが決して良くはないんだけど、人気あるんだなぁ。境内にもそこそこ参拝客がいたし、さすがは「いちごんさん」。

葛城といえばここというイメージがあったので、念願叶って参拝できて良かったよ。

【参考文献】
大物主神と事代主神 7 文末参照

サイト内検索