六観音勢揃いの大報恩寺

2016年10月24日月曜日 11:32
六観音像を一堂に拝めるのは、京都市上京区にある大報恩寺だいほうおんじが、全国で唯一らしい。
六観音とは、六道ろくどう/りくどうそれぞれの衆生しゅじょう(≒人間)を救う6躯の観音。すなわち、地獄道にしょう観音、餓鬼道に千手観音、畜生道に馬頭観音、修羅道に十一面観音、人間道に准胝じゅんてい観音、天道に如意輪観音を、真言宗においては配するという。
今まで千手観音像や如意輪観音像などを単体で観たことしかなかったから、そもそも六観音という括りがあることを知らなかった。それがすべて揃ってて、しかもそのこと自体が貴重であるなら、是非観てみたいじゃないか。

八坂の塔を離れ、本来の目的地である大報恩寺へ向けて、北上する。
相変わらず京都の道路は走りにくい。片側2車線でも、左側には路駐が横行し、市バスの停留所もある。右は右で右折専用レーンが無いせいで、右折車が前を塞ぐ。無茶な割り込みをするタクシーに、停止線を守らない一般車。マジ勘弁してくれ。
そんなカオスを抜けて寺院の駐車場に着いたときは、少しホッとした。


大報恩寺は千本釈迦堂とも称される。山門にはそちらの名前の札が下がってた。
駐車スペースはそんなに広くない。ガラガラだったのは平日だからかな。丁度徒歩でやって来た十数名のご年配の団体さんとバッティングしたけど、それを除けば参拝客はそれほど多くない。
彼らに続いて拝観料を納め、まずは本堂へ。


本堂は国宝。応仁の乱を含む幾多の戦火を逃れた、京都市内最古の木造建築だ。
この寺院で有名なのは“おかめ”。白くてふくよかな顔のお面といえば伝わるだろうか。阿亀と書くらしい。このおかめさんの、夫婦愛に満ちた悲話のうえに、本堂が建立されたみたい。ユーモラスなお面は良く知ってても、その物語はまったく聞いたことなかった。凄い覚悟を持った人だと判って、見方がガラリと変わったよ。
兵乱から免れたことから災難厄除を、おかめ物語から夫婦円満を祈る参拝者が多いとか。事実、本堂にばかり人が集まってた。


さらに、奉納されたおかめの置物が陳列された棚の前は、熱心に写真を撮る外国人観光客たちで溢れてた。
ここのメインがあくまでこちらであることを、ひしひしと感じた。


だけど僕らにとって今回は、霊宝殿が目当て。本堂を出てそちらに向かうと、途端に人がいなくなった。
霊宝殿の中もしんとして、僕ら以外にはひと組夫婦がいるだけ。信じられないほどガラガラだ。お陰でゆったり観ることはできたけど。

六観音菩薩像は鎌倉時代、定慶じょうけいの作で、重要文化財。
右手前から順に拝んでいく。如意輪観音は典型的な一面六臂の半跏思惟像が美しい。准胝観音は初めて見る。どことなく女性らしい顔つきなのは、基がヒンドゥー教の女神だからかな。十一面観音、憤怒の表情の馬頭観音と続き、嫁の好みの千手観音。最後に聖観音。一面二臂の人間的な姿で、他はこの観音さまの変化した姿だとか。こうして六観音を並べて観られると、実に解りやすい。しかも等身大で迫力もある。
これほど素晴らしい情景を、拝する人が少ないなんて腑に落ちない。ただ六観音が揃ってるというだけでなく、それぞれの造形も見事なんだ。
いつの間にか僕たちだけになっていたホールの中に佇む仏像たちが、なんだか寂しげに映った。この時がたまたまで、いつもこうではないと思いたい。

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