天岩戸神社と天安河原

2023年5月11日木曜日 13:20

天岩戸神社あまのいわとじんじゃは、宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸にある神社。日本神話にて、高天原でスサノオが暴れて、怒ったアマテラスがこもったという、天岩戸あまのいわと/あめのいわとを御神体とする。全国に天岩戸と称する巨岩は数多いけど、ここにはその後神々が相談したという天安河原あまのやすかわら/あめのやすのかわらまであり、さすが神話の里といったところ。この高千穂を代表する聖地を詣でてきた!

まずは、天岩戸神話のあらすじを振り返っておこう。
太陽神であるアマテラスが天岩戸に隠れたため、世の中は真っ暗になった。困った八百万の神々は、天安河原に集まり相談。オモイカネが深謀遠慮を巡らし、神々が様々な飾りを掲げ、アメノウズメが神懸かりして踊ると、外の賑やかさを不思議に思ったアマテラスが少し岩戸を開けたので、アメノタヂカラオがその手を取って引き出した。こうして再び世の中が明るくなったという。
『日本書紀』と『古事記』とで多少異同があるものの、大筋は変わらない。

続いて、天岩戸神社の歴史について要約すると、現在の西本宮の地は「天岩戸」の遥拝所(拝殿があるだけで神社ではない)だったが、明治期に「天岩戸神社」に改められた。対して東本宮の地には古くから社殿が建てられ、「氏社」のちに「氏神社」と呼ばれた。笹ノ戸橋の前にあるという「宇治大神宮」が「氏神社」を指しているのだとしたら、こちらも「天岩戸」の遥拝所ということになる。近年に2社が合併し、今に至る。西と東に分かれた不思議な形態だと思ったけど、元が別々ということね。納得。
それから、岩戸川の河原の一角に鎮座する、天安河原宮の御祭神について。現在はオモイカネと八百万神だけど、『天磐戸縁記(文政四年(1821))』によれば、「大河を隔てて石窟に拝殿あり」として、トヨイワマト(豊石間戸命)・クシイワマト(櫛石間戸命)をお祀りするとある。『古語拾遺』や『延喜式』に、門(窓)を守護する2神として天岩戸神話に登場する神さまだ。『古事記』では、どちらもアメノイワトワケ(天石門別神)の別名とされる。なお、岩戸川上流の河原を「天安河原」とする文献は、見つけられなかった。地元の口伝だとしても、『日向地誌(明治一七年(1884)平部嶠南)』でも取材されていない点が、ちょっと気になる。
要約にあたっては他に、天岩戸神社公式サイト、『高千穂庄神跡明細記(文久三年(1863)樋口種実)』、『高千穂町史 年表(昭和四七年(1972))』を参考にした。

レンタカーに乗って熊本空港を南から回り込んで北西へ抜け、第三空港線を道なりに進むと、機内から見下ろしたパッチワークの田畑が現れた。それから国道57号を東へ。途中コンビニに寄りつつ、西登山道方面へ折れると、阿蘇山の外輪山が右手に広がる。なんて雄大な景色なんだ!普段の生活圏ではお目にかかれないような、高く青々とした山々が連なる。同じ国とは思えないほどで、こんな場所があるのかと。日本って広いなぁ。運転中だから写真には撮れなかったけど、旅の気分を大いに盛り上げてくれた。
そこからは、国道325号をひたすら50kmほど走行。交通量も信号も少なく、とても走りやすい。そのまま行くと高千穂の中心の三田井に向かうところだけど、岩戸方面に曲がり、神話アグリロードへ。岩戸坂トンネルを通り、ウズメが舞った天の岩戸神楽発祥の地という「神楽尾」の前を過ぎ、今度はひむか神話街道へと入る。道路名がいちいちニクいねぇ。

そうして天岩戸神社西本宮の駐車場に到着。平日の10時半だけど、ほぼ満車に近い。
警備員さんがいて、トイレ奥に軽2台が停まっている隣にもう1台停められると、強めの九州訛りで指示いただいた。が、それらしき駐車枠にはカラーコーンが立てられている。助手席の嫁が下りて、警備員さんに確認に行ってくれたところ、トイレの建屋と駐車枠の隙間に停めてほしいようだ。かなり詰め詰めなのね。何度か切り返して車を納め、警備員さんにお礼を言うと、狭い所でごめんねと。いい人だったな。あとで嫁に聞いて大笑いしたんだけど、方言全開で何を言っているか解らず、どうにか聞き取れた単語から推測したんだって。


ほのぼのしながら一の鳥居をくぐり、まずは駐車場脇の手力男命戸取像を見る。天岩戸神楽の「戸取の舞」を表現しているんだね。
二の鳥居の手前には、参拝客が十数名屯していた。随分混雑しているなと思ったら、ショルダーメガホンを提げた若い神職さんがいらっしゃった。御神体の遥拝所に案内してくださるっていう、あれか。僕らは次回にしよう。
その先には、長鳴鶏の東天紅が3羽。神話に「常世の長鳴鶏を鳴かせた」とあるのに因んだものだろう。太陽はお出ましになっているけど、元気に鳴き合っていた。長い息が最後ガラガラ声になっていくから、なんだか微笑ましい。


その隣の玉垣内に拝殿。本殿は無く、ここから「天岩戸」を遥拝する形となる。


境内を一巡りしたところで、次の案内を休憩所で待つことにした。同じ目的の人々も、そろそろと集まってくる。
11時になると、先ほどとは別の神職さんがやって来られて、案内してくださった。神話のあらましに始まり、境内の見どころも。それを無償でしてくださるのだから、有り難い限り。


玉垣内に生えている木はオガタマノキで、ウズメはこの枝を持って舞ったといい、神楽鈴はこの木の実の形が原型だとか。九州の神社ではよく見かける木なんだそうだ。僕らにとって、ここが九州で初めて参拝した神社なので、良いことを聞いた。

御神体である「天岩戸」は撮影禁止。お祓いを受け、その遥拝所へ。岩戸川を挟んだ対岸の岩壁に、注連縄と大きな割れ目。厳かな雰囲気で、神話の舞台かどうかに関わりなく、拝みたくなる。お賽銭を奮発した。


遥拝所から戻ると、神楽殿の前に出た。天安河原の遥拝所を兼ねているようだ。
案内終了とのことで、神職さんに一礼して謝意を示した。


では、裏参道の鳥居から道路に出て、天安河原へ向かおう。


とその前に、『あまてらすの隠れカフェ』で休憩。


僕は高千穂牛ドッグ、嫁は高千穂牛ライスバーガーで、二人ともドリンクセットにした。タイミングが良かったのか店内はガラガラで、好きな席に座れた。眼下に岩戸川の澄んだ流れを見下ろしながらのブランチは、美味しくて贅沢な時間。食べ終わる頃には、お客さんが増えてきた。


天安河原へは、石段をかなり下り、川伝いに遊歩道を歩くことになる。疲れるほどではないものの、思っていたより距離があった。大自然の美しさを感じられて、道中も楽しい。
橋の上で、外国人観光客がはしゃいでいたなぁ。


大洞窟は唐突に姿を現した。仰慕窟ぎょうぼがいわやというらしい。散々ネットなどで事前に見ていたけど、実物を目にすると、その神秘的な光景に感嘆の声を上げずにはいられなかった。写真ではこの迫力は伝わらない。
中の祠が天安河原宮。上からぽつぽつと水が滴っており、地面がぬかるんでいた。慎重に祠まで進んで、拝礼。


振り返ると、大きく口を開けた岩窟の規模をより実感できた。
専門的なことはよく知らないけど、ここいら一帯の地質が、「天岩戸」や仰慕窟などのダイナミックな地形を創り出しているんだろうなぁ。凄い。


ここから上流の河原が天安河原らしい。瀬音が結構大きくて、声を張らないと会議にならなさそうだな。というのが、現地に立った感想。アマテラスに聞かれる心配はなさそうだ。
河原に下りたり、川の水に手を触れている人もいた。危ないから気をつけてね。


境内に戻ってきたら、東天紅が手水舎あたりにいた。昔チャボを飼ったことがあって鳥が好きだから、水を飲む姿に癒される。

続いて、西本宮の駐車場から車で天岩戸橋を渡る。まったく同じ位置かは判らないけど、かつては笹ノ戸橋が架かっていたはず。東本宮の駐車場もそれほど広くないが、停まっている車が少なく、すんなり駐車できた。


天岩戸東本宮も、一の鳥居をくぐった参道脇に像が立てられている。天岩戸神楽の「鈿女の舞」だ。近づくとセンサーが反応して、神楽の曲が流れウズメがくるくる回りだす。なかなかシュール。


石段を上って、拝殿にてお参り。御祭神は天照皇大神アマテラススメオオミカミ
賑やかなお社も悪くないけど、やっぱり静かな森が好きだな。


こちらは本殿があった。
南面もしくは東面している神社が多いなか、南西に傾いている。北東の「天岩戸」を拝するように建っている、と考えていいのかな。
奥には根が7本繋がっているという七本杉があるそうだけど、あまり興味を引かれなかったので、行くのはやめておいた。

や~、美景を前にすると、小難しい考証とかどうでもよくなってくるよ。予想より混んでいなかったから、ゆったり回れてホッとした。幸先が良いね!

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