元興寺

2015年8月29日土曜日 14:31
ならまちの文化財といえば世界遺産、元興寺がんごうじがその筆頭だろう。奈良時代には東の興福寺、西の元興寺と並び称されるほどの勢力を誇ったが、時代が平安に入ると衰退していったという。その結果、史跡がならまちに点在することになったようだ。
当時の大伽藍に思いを馳せようと、ブラタモリ情報も踏まえて歩いてみた。PLさんや嫁には、そんなことに付き合ってもらって感謝である。

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まずは、元興寺塔跡。
御霊神社を出て北に進めば、すぐその入口となる門を見つけられる。僕らが入ろうとしたところ、丁度ひと組の観光客が出てきたので、彼らがくぐるのを待ってから入っていった。

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すぐに塔跡に行き当たる。基礎しか残ってないけど、その規模から推測すると、かなり高い塔が建ってたんじゃないかと。
塔というのは寺院において大変重要な存在。かつてこの辺りに隆盛してたお寺なのだから、それが再建されないのはちょっと残念なようにも思う。これだけ民家が密集してる現在では、難しいのは解るけどね。
周囲は草が生い茂り、耳元では蚊が唸りだしたこともあり、長居せずに立ち去ることにした。
少々マニアックな場所であるからか、最初にすれ違った人たち以外とは出会うことがなかった。

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続いては史跡でもなんでもない場所。直角に曲がった路、クランク。ならまちの地図を眺めてると気づける。
ここは元興寺の金堂があった所。その礎石を避けて道が作られたんだとか。この界隈はだいたい格子状に道が整備されてるのに、部分的にそれが曲げられてるのは、廃れてしまったとはいえ、お寺側に遠慮したんだろう。
ただ歩いてたんでは気にも留めないことに見所を提供してくれるから、あの番組は面白い。

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最後に本堂のある元興寺。拝観料を納めて境内へ。
極楽堂とも呼ばれる本堂は国宝だ。創建時の僧房の一部が残った物らしい。堂内では何かの行事の最中のようだった。
ここの凄いところは、屋根に飛鳥時代の瓦が今も使われてること。確かに、年季の入ってそうな色の瓦が所々に見られる。風雨にさらされる環境であるのに、千年以上も耐えることができるんだから、技術的に考えてもコレは凄い。

西にある法輪館は収蔵庫。この中にも国宝や重文があり、僕にはこっちが最大の目的。
国宝の五重小塔は、跡地しかない塔の在りし姿を教えてくれるようだ。昔からずっと屋内に安置されてきたことで、かなり保存状態が良い。5メートルほどの高さだけど、細部まで造り込まれてて見応えがある。
不動明王立像を見て、元興寺って密教系なんだなと判った自分。確認したら、真言律宗とのことで正解。弘法大師坐像もあり、真言宗との関係の深さも見えた。宗派についてはあんまり調べないから難しい。
聖徳太子像は複数あったけど、あんまり好みじゃないんだよなぁ。
如意輪観音菩薩坐像は六臂ろっぴ半跏はんか思惟しい像(6本腕で、片膝を立て手を頬に当てている)で、如意宝珠や法輪などを持ってた。典型的な如意輪観音だ。そんなことを嬉々として嫁たちに解説する僕は、まだまだにわかだということだろうな。少し勉強して得た知識を自慢げに披露するのは、あとから振り返るとちょっと恥ずかしい。

端正な仏像を拝むことができて、かなり満足。ガイドなどの紹介だと、瓦ばかりクローズアップされてて、あんまり見るところ無いかな~と思ってたんだけど、結構良かった。

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