伊勢三玄とあそらの茶屋で出会う食の伊勢詣

2025年10月4日土曜日 22:57
少し時間をさかのぼって、二日目のディナーの話をしよう。
昨年、職人技に感動した『伊勢 三玄』を再訪した。今回は一つ上のコースを注文。個室が空いていたので予約しておいた。

しとしと雨が降るなか、ホテルからタクシーで向かう。女性ドライバーがなかなかユニークな方で、お伊勢参りで朝熊山の金剛證寺にも行ったことを話すと、「八大龍王社と松尾観音寺もいいですよ」と笑顔で勧めてくれた。
少し早めに着いたので、お店の前のベンチで静かに雨音を聞きながら待つことにした。

全11品、25,000円の会席は、期待を裏切らない見事な内容だった。
松茸のお吸い物に鰆のお造り、伊勢海老のあんかけなど、旬の食材にひと仕事加えた逸品ばかり。
地酒をお願いすると、木屋正酒造の「而今」のほか、もうすぐ中秋の名月ということで、元坂酒造の「酒屋八兵衛 十五夜」を出してくれた。しかも、底に三日月が描かれた片口で供され、その遊び心にも思わず唸った。
このお店は食器の一つひとつにも心が行き届いていて、料理だけでなく器そのものを眺めるのも楽しみのひとつだ。

心待ちにしていたご飯ものは、香り高い松茸御飯。おかわりをお願いしたら、なんとイクラを載せてくれた。
思わずテンションが上がる。おなかが膨れてきた嫁は一杯だけでギブアップし、僕の茶碗を羨ましそうに見つめていた。

食後、女将さんが見送ってくださった。
「次はぜひカウンターで」と言われたので、来年はそうしてみようかな。

翌朝は予定を変更して、『あそらの茶屋』へ。十年ぶりの再訪になる。
その間にすっかり人気店になり、朝から行列ができることもあるらしい。
早起きには慣れたし、嫁の支度のあいだに僕が先に並んでおくことにした。
7時ごろに着くと、案の定すでに2組並んでいた。10分ほどでタブレット受付が始まり、その後は開店まで自由に過ごせた。
開店前に嫁と合流し、無事に店内へ。

5種類ある「御饌みけの朝かゆ」から、迷わず「あわびの朝かゆ」を選ぶ。
アワビは伊勢神宮の御神饌にも供えられる特別な食材。別皿で供されたアワビをお粥にのせると、出汁の香りとともに贅沢な旨味が広がった。
お粥をおかわりしながら、滋味深い小鉢の数々を味わう。朝から心が満たされるようだった。

神宮徴古館を見学したあと、三たび内宮駐車場へ。
土曜日ともなると満車になるのが早く、結局B6駐車場まで離れることになった。
この日は雨が降ったりやんだりの空模様で、傘を閉じたり開いたりしながら歩いた。

五十鈴川のほとりをしばらく歩き、新橋を渡っておはらい町通りへ。橋の上から眺める景色は、しっとりとした情緒がある。

お目当ては、昨日食べ損ねた『すし久』のてこね寿し。前回食べた、とろけるようなカツオの切り身が忘れられなかったのだ。
人通りが多い割に待ちは1組だけで、すぐにテーブル席へ通されたのもラッキー。
味わいは申し分なく美味しかったけど、あの日に感じた感動には、ほんの少し届かなかった。季節のせいか、天候のせいか、それとも思い出が美しく残りすぎているのかもしれない。

滑昇霧のかかる神路山を眺めながら、ゆるやかに旅の終わりを感じる。
伊勢の地に流れるのは、ただの時間ではなく、人々の祈りと営みが幾重にも重なってできた静かな呼吸のようなものだと感じた。
神御衣祭で思いを馳せたように、神さまに捧げる衣や食は、古代から絶えることなく受け継がれてきた祈りのかたちだ。
そして式年遷宮がその信仰を更新し続けてきたように、伊勢の食や風景もまた、同じ循環の中で息づいている。
神さびた社も、精緻な工芸も、素朴な食の味わいも、「続ける」という意志のもとに在るのだと思う。
来年もきっと、この地を訪れよう。変わらぬ祈りと、移ろいゆく季節の中に、新しい伊勢を見つけたい。

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