播州松巡り 浜宮天神社の加古の浜松

2017年3月4日土曜日 14:42

南毘都麻ナビツマ伝説のメイン舞台として登場する『賀古松原かこのまつばら』。
播磨国風土記に、
印南別嬢イナミノワキイラツメは天皇の求婚と聞いて驚き、畏れ多く思ってナビツマ嶋に逃げ隠れた。そこで景行天皇は賀古松原に至って、妻となるべき人を探した。
とある。
兵庫県加古川市の浜宮天神社はまのみやてんじんしゃには菅原道真お手植えといわれる加古の浜松があり、その南にある浜の宮公園には黒松が生い茂り、当時の面影を偲ばせる。


晴れた日には散歩に出かけよう。播州松巡りの続きであり、『賀古松原』を追うロマンでもある。
浜の宮公園の駐車場までは車で移動。それから旧浜国道沿いから始まる参道を歩いた。


すると入口からすぐの公園内に、玉垣に囲まれた小さな社が。浜宮天神社の末社だろうか。


御旅神社というみたい。御祭神が判らないけど、旅行好きとしては気になる名前だ。今後旅行前に参拝することにしようかしら。


参道に戻って一の鳥居をくぐる。扁額には天満宮と刻まれてた。松に囲まれた気持ちの良い参道だ。


あまりの清々しい光景に、ついつい寄り道してしまう。これほど『賀古松原』を視覚的に感じ取れる場所は、他にないだろう。昔は野口町や平岡町あたりまで続く、もっと広大な松原だったといわれる。今の僕たちが見られる景色では到底及ばないけど、それでも充分にその姿を思い描けるよ。


こんな風景を眺めながら、景行天皇も愛しい人を探し求めたんだろうなぁ……。
ちなみに黒松は加古川市の木でもある。歴史的にシンボルとして相応しいと思う。


二の鳥居を抜けると、公園から出てアスファルトの車道になる。
その先に浜宮天神社の神門が見えた。


手水舎で禊ぎを済ませる。横には水神社が鎮まってた。


拝殿にて菅公に拝礼。
菅原道真といえば牛が神使。結構常識らしいんだけど、よくよく思い起こせば天神さまにお参りするの、初めてだった。神話に登場する神さまにはしょっちゅう会いに行くけど、歴史上の人物が神さまとして崇敬されるようになったほうは、意識的に避けてたもんなぁ。食わず嫌いはいかんね、うん。


偶然とはいえ訪れた時期が良く、境内の梅が咲き誇ってた。
「東風吹かば、匂いおこせよ、梅の花、主なしとて、春な忘れそ」
と、嫁がそらんじた。菅原道真の有名な短歌だと。言われてみれば聞き覚えがあるような。学生の頃勉強苦手だったからねぇ。学の無い僕と比べ、嫁はさすがだわ。


もうひとつの目的は、拝殿の東側にあった。加古の浜松。ここも初代はすでに無く、2代目とのこと。


手前には木魂社こだましゃ


それからいつものように本殿を確認。


次に本殿を反時計回りして境内社を巡る。
右手前から、祇園社(スサノオ),戎神社(コトシロヌシ),春日神社(アメノコヤネ)。


本殿の裏手、神明社の御祭神は大霊貴。大日霊貴オオヒルメノムチじゃなくて?社名からしてアマテラスで間違いないんだろうけど、“日”が抜けると太陽神とはいえないような。


その奥が琴平社(オオモノヌシ)。


八幡社(応神天皇)。


稲荷社(ウカノミタマ)。


こちらは右から2つ、住吉神社(ソコツツノオ),猿田彦社(サルタヒコ)は判ったけど、あとの一際小さな社2つは不明。


そのさらに奥にはひっそりと地神の社。


こうして回ってる間、2羽の鳩が僕らの向かう先を歩いてて、まるで導いてるようだった。いや、鳩からすれば、追い回されてるように感じたかも知れないケド。


3代目加古の浜松も育成中。


それからあちこち歩き回ったあと、旧浜国道に架かる歩道橋から公園の松林を眺めてみた。これだけの緑は町のオアシスでもあるよね。
古代ロマンに思いを馳せたくて行ったのだけど、それ抜きにとっても素敵な公園だった。近場にこんな良い場所があったんだ、って発見になったよ。

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