万葉の森と加古大池

2022年10月15日土曜日 20:35

いなみ野 万葉の森は、兵庫県加古郡稲美町にある日本庭園。万葉集に詠まれた歌枕“いなみ野”にちなみ、万葉植物や万葉歌碑などがあり、散策すると気持ちが良さそうだ。
また、兵庫県はため池の数が全国でぶっちぎりの一位で、中でも稲美町は全国でも有数のため池密集地であり、県内最大のため池・加古大池かこおおいけも有する。
“いなみ野”の歴史に触れつつ、これらに行ってみることにした。

“いなみ野”は、東は明石川、西は加古川、北は加古川の支流・美嚢川に囲まれた、扇状地。万葉集では、伊奈美国波良・稲日野・稲見野・不欲見野・印南野・伊奈美野などと表されている。川の流域は多少変化しているかもしれないが、おおよそ同じ地域を差しているだろう。現在の稲美町は“いなみ野”のほぼ中央に位置し、自治体名としてしっくりくる。
万葉歌としては、中大兄皇子の、
香具山と 耳成山と あひし時 立ちて見に来し 印南国原
歌聖・柿本人麻呂の、
稲日野も 行き過ぎかてに 思へれば 心恋しき 加古の島見ゆ
など、9首ほど詠まれている。
播磨国風土記には、「印南いなみ」の地名由来が載っている。
一家云、所以号印南者、穴門豊浦宮御宇天皇、与皇后倶、欲平筑紫久麻曽国、下行之時、御舟、宿於印南浦。此時、滄海甚平、風波和静。故名曰入浪。
(印南と名付けたわけは~中略~印南浦に停泊した時、青海原が凪いで、風も波も和らいで静かだったので、名付けて入浪いりなみという)
と。「いりなみ」から「いなみ」に転じた、あるいは「いりなみ」を枕詞として「いなみ」を導いたとも解釈できる。「印南郡」の成立時期には諸説あり、風土記にある「印南」は賀古郡の一部とする説もある。ともあれ、“いなみの海”が穏やかだというのは、万葉歌にも通じる、古代の人の感覚だね。

良く晴れた週末の昼下がり。
落ち着いてきたとはいえ、まだまだ油断ならない疫禍。4回目の接種を済ませ、副反応に備えて土日を空けておいたら、拍子抜けするほど軽かった。それならどこかへ出かけたい。とはいえ万一急に熱が出たら困るので、近場で。
というわけで、お隣の稲美町へ。
通い慣れた路から外れて少し走ると、いなみ野体育センターの駐車場に到着。メインの駐車場は満車状態だった。


万葉の森の入口はすぐ見つかった。入園料は無料だけど、開園時間が季節によって変わるので、注意が必要。
東屋が絵になるねぇ。


この池が“いなみの海”、奥の松林が“賀古の松原”で、池に浮かぶ島は“淡路島”らしい。奈良県高市郡明日香村の島の宮(島庄遺跡)にて発掘された庭園の池の磯を模して、この池の水際も岩石で造っているとか。日本最古級の庭園に倣うなんて、結構凝ったつくりをしているのね。よもやこんな所で草壁くんの名前が出てくるとは思わなかったから、嬉しくなった。


園内にはたくさんの万葉植物と、それを詠んだ歌碑が点在しており、探し歩くのも楽しい。
そんななか惹かれたのが、作者不詳の、
道の辺の 尾花がしたの 思ひ草 今さらさらに 何をか思はむ
「尾花」はススキ、「思ひ草」はナンバンギセルのことで、「道端のススキの下に咲いている思い草のように、今更何を思い悩んだりするだろうか」といったところか。ナンバンギセルの花が、首を垂れて思いふけっている姿に見えるから「思ひ草」なんて、ロマンティックな名前。だけどナンバンギセルの実態は、光合成をせずススキなどに寄生して養分を得る全寄生植物だというから、苦笑するしかない。
涼しい木陰で蚊に何度かたかられ、なんだか落ち着かなくなって退散。とっても素敵な場所には違いないから、もう少し気温が低いときにまた行こうかな。


次に、隣接する稲美町郷土資料館へ。
なぜこれほどまでにため池が多いのか、学ぶことができた。地質的に大部分が砂礫層のため、灌漑に用いる水が乏しく、稲作が困難な土地なんだと。そのため、用水とため池の開発に尽力してきた結果、日本一といわれるほどのため池の町になったわけだ。
古代の考古遺物の出土数が極端に少ないのも、特徴的。“いなみ野”は、歌にしたくなるほど風雅な野原だったが、人々が暮らしていくには不向きだったのかもしれない。

日没まではまだまだ時間がある。もうちょっと遊びたいな。確か、大きなため池のそばに、ため池を学べる施設があるんじゃなかったっけ。と調べ直して、いなみ野ため池ミュージアムへ。しかし、加古大池の管理棟の一角に設けられたそれは、ちょっとしたパネル展示などがあるだけだった。公式サイトのほうが充実している。


でもいいんだ。巨大な加古大池を巡る遊歩道が整備されていて、水辺を歩く楽しみがある。のんびりおさんぽコースを、嫁と仲良くのんびり回った。


ほとんど人とすれ違わないし、吹き抜ける風は秋の匂い。大池をぼんやり眺めたり、鴨の姿を追ったり、とても癒される。

こんなすぐ近くに、散策に適した良い公園があったんだね。あちこち行ってみるもんだなぁ。

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