先山千光寺に残るオノゴロ島伝承

2022年5月21日土曜日 15:39

先山せんざんは淡路島のほぼ中央にそびえる標高約448mの山で、独立峰ではなく千山山地に連なりながらも、その美しい姿から淡路富士とも称される。山頂に千光寺せんこうじがあり、その縁起によれば、日本で最初に現れた山だから先山と名付けられたという。すなわち、国生み神話でイザナギ・イザナミが最初に造った“オノゴロ島”の伝承地なのだ。
伝承地はこれまでにおのころ島神社沼島絵島と巡ってきたけど、これらはどれも淡路島とは別に小さな島があったとする解釈。かたや先山は、淡路島そのものがオノゴロ島ということになる点で、大きく異なる。興味深いじゃあないか。
余談ながら、オノゴロ島かオノコロ島か問題、『古事記伝』の中で宣長先輩は、記では「碁」、紀では「馭」といずれも「ゴ」と読む字が当てられているから、オノコロ島と清音で読むのは誤りだって。正誤はさておき、ひとまずこの言に従っておくとしよう。

例年嫁の誕生日には、ちょっとだけリッチな手料理を振る舞っている。だけど今年は久しぶりに外食を、さらに彼女の好きな物を観に行こうと考え、朝一番に大塚国際美術館へ。三度目とあって、ポイントを絞ったかなり贅沢な回り方をした。ランチに『うずしおレストラン』で白い海鮮丼を食べたあとは、ついでに僕の趣味に付き合ってもらえることに。
神戸淡路鳴門道を北上し、淡路島中央スマートICで下りる。SICを初めて利用したよ。洲本五色線を経由して多賀洲本線へ入ると、道幅が狭くなる。軽同士なら離合できる箇所も多いけど、あまり出会いたくはないなぁ。と思っていたら、比較的幅のある場所で対向車が。悪運は強い。その先の先山千光寺への分岐を折れると、一段と路が狭まる。ここからは、対向車が来ないことを祈るしかない。見通しの悪いカーブを慎重に曲がり続け、幸い何事もなく駐車場に到着。多少ヒヤヒヤするけど、頂上近くまで車で登れるのは有り難い。
驚いたのが、昼下がりにもかかわらず先客が複数台停まっていたこと。さすが淡路一の名刹といわれるだけのことはある。


数段の石段を上った踊り場に、寺号標と巨木。


その先の石段は多い。同じようなのがあと2箇所ある。一度に上ったら息が上がりそう。


千光寺は、淡路島十三仏霊場・淡路四国八十八ヶ所霊場ともに、第一番に当たるそうだ。


それにしても、境内には猫がたくさん。見かけただけでも8匹いて、思わぬ出会いに癒される。


2つ目の階段を上り、淡路信用金庫の創業者・瀧川福市の顕彰碑や珠算碑を過ぎると、展望台が。


洲本八景のひとつに数えられる眺望は良いが、曇り空のせいであまり遠くまで見えない。


その奥には鬼子母神社と稲荷神社。神道系の祠に見えるけど、鬼子母神きしもじんをお祀りしているとすれば、仏教系の神さまだよなぁ。


最後の石段を上り切れば、仁王門。仁王像は運慶作といわれるが不詳。


本堂や三重塔のほか、石仏やお堂がいくつかあり、山上にこれほどの規模の伽藍が存在することに驚いた。


本堂の前には、一対の狛犬ならぬ狛猪。とても珍しい。これは千光寺開基のエピソードに由来する。
江戸時代に編まれた淡路の郷土誌がいくつかあり、『淡国通記』、『淡路常盤草』、『淡路草』、『堅磐草』、『味地草』といったところが良く知られている。後者4誌は淡路四草と呼ばれる。その中の『淡路常盤草』に引用された縁起によると、
延喜元年(901)播磨国の上野に為篠王いざさおうという猪がいて、長さ三丈(約9m)横幅一丈(約3m)という巨体で、背中に篠が生えていた。ここに一人の猟師がいて、これを射た。猪はその矢を負いながら、淡路国へ海を渡り、この山中に入った。その血が流れた跡は、まるで錦のように美しかった。猟師は跡をたどって、この山中に分け入り、血の留まった所を見ると、大杉の洞の中に千手観音像があった。しかも、先ほど猪を射たはずの矢が、像の胸のあたりに突き立っていた。猟師は驚いて悲しみ泣き、涙を押さえてその矢を抜いて、弓を折って猟師をやめ、髪を切り仏道に帰依し、名を寂忍と改めた。
という。
猪の正体は千手観音で、無益な殺生を悔い改めた猟師が僧になったのが、この先山だったというわけね。御本尊ももちろん、千手観音。


ここで見たかったもののひとつが、鐘楼にある。


それが重文の梵鐘だ。
淡路国 日本最初先山鐘也~中略~弘安六〈歳次/癸未〉二月十八日奉鋳之
という銘文が刻まれているらしい。延喜元年の創建という由緒を示す考古学的証拠は見つかっていないが、遅くとも弘安六年(1283)の鎌倉時代にまで遡れるということ。そしてそれ以上に、日本で最初に現れた山との伝承も同じくらい古いということ!
カメラのズームで試行錯誤してみたものの、銘文を読むことはできなかった。下から見上げるのではさすがにキビシイ。
この鐘、撞いてもいいそうだ。いいんだ。でも、せっかく静かなので、遠慮しておいた。


鐘楼の北には、二柱御大神祠。淡路島で二柱の神といえば、イザナギ・イザナミ。二礼二拍手一礼でお参りした。


千光寺縁起として、『淡国通記』には、
日本最先出現之山故号先山矣。
『淡路草』には、
此山は二尊の探り給ひし瓊矛の滴り凝て群国に先たち現れたる山故先山と名く。
とある。二尊……つまりイザナギとイザナミが、天の瓊矛ぬぼこを下のほうに刺して探ったところ、青海原が見つかり、その矛の先から滴った海水が凝り固まって、島になったというオノゴロ島神話で、島として最初に現れた山ゆえに、先山と名付けたんだと。
冒頭でも軽く触れたように、この縁起に従えば、オノゴロ島=淡路島。記紀神話を素直に読む限りでは、オノゴロ島と淡路島は別々の島なんだけど、淡路の海人族に伝わっていたであろう原初の神話では、イザナギたちが矛で海をかき回して淡路島をつくったと語られていても、不思議ではない。だから僕は、この解釈断然アリだと思うんだよね。しかもこの地は、淡路島のちょうど真ん中で、遠くからもひと際目立つ山容。太古より山とは信仰の対象であり、当山も淡路第一の霊場として今なお尊奉されている。ロマンが膨らむわぁ。


この山にはもう1か所、大きな見所がある。寺号標の立つ踊り場を、駐車場とは逆方向に進み、ようかんの看板を掲げた茶屋の前を通って、山道を少しだけ行くと、判別しづらいけど道が二手に分かれている。これを右へ。


すると鳥居が見えてくる。そこから距離は大してないものの、なかなか急な登山道なので、割と大変。


そうして辿り着くのが、岩戸神社。御祭神はアマテラス。神話でいえばオノゴロ島のお話よりもちょっと先、イザナギから生まれたアマテラスが隠れたという天岩戸が、この巨岩ということか。
全国に天岩戸とされる場所があるけど、どこも神秘的で、自然の脅威を感じずにはいられない。この岩の亀裂なんて、その向こうに入れそうな気さえしてくる。こちらも拝礼。

さて、下山の時にも、2台の車と擦れ違う羽目になったけど、この時も道幅に多少余裕のある場所だったから事なきを得た。それだけ参拝者がいるってことだもんな。やっぱ凄いお寺だ。

オノゴロ島伝承地の中でもマニアックな場所だったけど、見所が多くて大満足。それに、最近古事記に興味を持った嫁が、イザナギ・イザナミにアマテラスと聞いて、ぱあっと表情を明るくするのを見て、嬉しくなったよ。

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