平城京天平行列・男性貴族文官に応募して参加!

2022年5月3日火曜日 20:54
奈良県奈良市にある平城宮跡にて催される、平城京天平祭。その最大の目玉が、平城京天平行列。平城京の時代の装束を纏った貴族・官人が練り歩き、元明天皇による「平城遷都之詔」を発する儀式を行うというものだ。行列を構成しているのは主に地元の企業と学生たちだが、一般にも行列参加者を募集する。
3年前に初めて行列を見物し、あの中に入ってみたいと思うようになった。以来、毎年応募するも、感染症の蔓延により中止に次ぐ中止。それがやっと、今年は開催の運びとなった。今回も迷わず応募したところ、なんと当選!!3年越しの悲願成就……。人数は例年の半分の約200名と規模が縮小されたし、マスクも付けざるを得ない。それでも、仲間に入れることが喜ばしい。
事前の参加者説明会&リハーサルに出たときは、当日のスケジュールから服装や所作に行列の段取りなど、みっちり説明を受けてから、現地でざっくり流して、質疑応答があって……と、業務的あるいは学生的な集団行動だったんだけど、なぜだかやたら楽しかった。こちらも参加意欲が強いから、実行委員会の方々の3年ぶりの開催に向けた熱い思いに、胸を打たれもした。楽しんで役割を全うしよう!と改めて決意。「奈良時代の人になり切って演じてください」とのことなので、遂に奈良時代に行けるってことだね!と意識的に曲解する。僕が任じられたのは八位の文官なので、行列に参加できる中では最も下の位。元明天皇の詔を、当事者側の人間として、一番端っこのモブとして賜りたかったからさ……最高のポジションじゃあないか……。

諸臣の衣服については、衣服令えぶくりょう朝服ぢょうぶく条に、官位毎に細かく規定されている。天平行列の文武百官もこれに準じており、紫(深紫・浅紫)は一位~三位、赤(深緋・浅緋)は四位~五位、緑(深緑・浅緑)は六位~七位、青(深縹・浅縹)は八位~初位(カッコ内は令での表記)。
僕の務める八位は同条に、
八位は深きはなだの衣、~中略~並びに皀縵くりのかとり頭巾ときん木笏もくこつ烏油くろぬりの腰帯、白きはかま、白きしとうず烏皮くろかわくつ。袋は服色に従え。
とある。八位は位階を与えられているとはいえ、年収360万円(現代換算)程度の下級貴族だからね。木笏がお似合いってわけ。ちなみに五位以上は、牙笏に金銀装腰帯とアクセサリーも豪奢。行列の衣装も、手に持つ笏や、帯に付けるアクセ(令にいう「佩綬・玉佩」だろうか)に違いがある。
烏皮履は黒の革靴で代用し、参加者が持参。紐があってもいいが紐なしが望ましいようなので、そちらを履いていった。白襪の代わりに白い靴下を穿く。こちらも各自が用意。あと、黒いベルトを。これは準備してくださっているけど、細身の自分にはサイズが合わない可能性があったので。
時世柄、黒色のマスクも準備された。皀縵頭巾とほぼ同色で馴染むからかな。

前日に奈良入りしてホテルに宿泊。イベント前にしては寝つきが良かったものの、目覚ましの時刻より早く目が覚めた。体温を測り、平熱であることを確認。
駐車場が埋まるのが心配で、9時前には着くようにした。さすがにまだ余裕があったけど。それから近くのコメダで朝食。着替えてしまったら、解散の14時半まで食べ物を口にできないので、モーニングでは物足りない。ミックストーストでしっかり腹ごしらえ。
それから朱雀門ひろばに向かい、嫁が陣取る撮影位置を下見した。行列の行動詳細を把握しているから、こうして活かせる。開門の儀が始まる前に、嫁と一旦お別れ。

総合受付にて、健康状態に関する質問票を記入し、参加証を提示。事前に聞いていた通り、ステージ付近テントでの着替えを指示された。
テント前でも参加証を見せて、中に入るよう促されたけど、何の案内もないからしばし呆然。他の男性貴族たちが着替え中で、スペースも限られている。どうやらテーブル上の袋から自分の分を探して、各自着替えるようだ。余っていたパイプ椅子をお借りし、荷物置場とした。手狭だからちょっと大変。あとは周囲を見様見真似、着付けスタッフさんの全体へのお願い事項も聞き、どうにか装束に着替えた。帯と刀子とうす等はスタッフさんに巻いていただき、着崩れを正していただいたら、完成。
着替え終わった男性貴族たちの間では、見知らぬ顔同士でも相互撮影会が始まっていた。微笑ましい。僕も求めに応じてシャッターを切ってあげた。

次の集合時間まで、そこそこ間が空く。水分補給以外の飲食は禁じられている(衣装を汚損する恐れがあるため)けど、それ以外は自由らしい。そういうことなら、嫁と合流して、僕も今のうちに撮ってもらおう。


大路を彩る柳の下に佇む。築地塀を背景にすれば、現代的な物も人も写らない。
文官装束を身に着けた姿が、嫁にも好評。やっぱ喜んでもらえると嬉しい。


奈良時代の市を再現したエリアで、打毬だきゅう/まりうち。ポロの元になったとされる貴族の遊戯だ。衣装が乱れたり汚れても困るので、フリだけ。ウキウキしてはしゃいじゃう。専属カメラマンの要求が細かく、一緒に楽しんでくれているみたい。


そうそう、笏の裏にカンペを模した鉛筆書きがあって、誰がそこまで再現しろと。だいぶ笑った。でもね、文字が読める方向に持つと正しい向きになるので、上下を間違えないためのガイドの役割を果たしている。そこまで考えてのことだとしたら、ナイスアイディア。いや考えすぎか。


衣も目の前、というか実際に着てみたからこそ感じたのが、仕立ての良さ。遠目からはそこまで見えなかったけど、しっかりした光沢のある生地で、ピンと張ると美しい。単に「青」と紹介されているけど、紺に近く“縹色”を意識しているように思う。


頭巾の燕尾が長めで、風でちょくちょく首に巻き付いてきた。鬱陶しいというより、ちゃんとした格好をキープしたいのに~っていう歯がゆさのほうがあるなぁ。
他に衣装について特記することといえば、袴の前にチャックが備えられていて、トイレにも行けたこと。当然ながら衣をまくって濡らさないように。

そんなこんなで集合時間が近づいたので、再度嫁と別れる。集合場所で隊列を組み、同時に点呼。
お仲間の男性貴族たちはもちろん、天皇や女官たちの衣装を間近に見る機会も多かった。刺繍が細かくて本当に綺麗!マスクを覆う華やかなベールも素敵!これ素晴らしい工夫だよね。艶やかで、むしろこっちのほうが良いんじゃないかとさえ思った。
近くに寄れるチャンスがあると知っている観客もいて、ここぞとばかりに分け入ってきて写真を撮りまくる一幕も。スタッフさんからすれば邪魔でしかないだろうに。それでも、快く応じてあげる女官さんたちの多いこと。

隊列が整ったら、順番を崩さずに朱雀ひろば南詰まで移動。衛士隊から文武百官まではそのまま歩いていける状態になり、その西側に各天皇グループが整列する。
ある意味この時が、最も華美なビュースポットじゃないかな。天皇たちが横並びになり、すべての女官たちもギュッとひしめいている。それも行列中とは異なり、寛いだようす。で、これを狙うカメラおじさんもやってくる。隊列の妨げにならない限りは、確かに隠れた撮影チャンスだよね。こっちに行っちゃうと、行列の見物には不利になるけど。
行列参加者側としてはそれ以上に、ここにいないと見えない景色がたくさんあった。本格的な装束を着られるだけでも、観客からは見えない角度から天平びとを見られるだけでも、参加する価値があるといってもいいくらい。

出発の時刻が迫る。袖の長さを調整し、木笏を構える。緊張がピークに達する。いよいよだ。


場内アナウンスが流れ、衛士隊・兵衛・鷹熊・雅楽隊に続き、歩き出す。「横の人と歩調は合わせてください」とのことだけど、ごめんなさい、これは無理。ソーシャルディスタンスを確保しているため、隣の人の姿は目の端にチラッと映っているだけ。ともかく前の人とだけは合わせることに努めた。最初はなかなか合わなかったテンポも、次第にシンクロしていく。基本的にはゆっくり。ただ、ペースがずっと一定ではないから、浮かせた足で間を合わせようとしたせいで、親指の腱が攣りそうになった。それでも胸を張り、威厳を見せることを心がける。下っ端役人だけど、朝廷の儀式に参じているんだ。
所定の位置に着いたら、内側の通路を向いてほんの少し待機。ここからようやく、雅楽やアナウンスに耳を傾ける余裕が生まれる。他の貴族を後ろから見て、あの人の立ち姿いいなとか、参考にしたり。
スタッフさんが我々にだけ聞こえるくらいの声で、動作を指示してくれる場面もあった。着崩れしても対応できるように着付けの方や、水分補給や体調不良の訴えに備えた黒子の方も、さりげなく周囲に待機してくださっている。参加者が安心して行列に集中できる体制が築かれているのだ。
太鼓が三度打ち鳴らされ、「けいせつ!」の号令でお辞儀をする。爪先を見るくらいに頭を下げる、浅い磬折けいせつだ。手は笏を胸の前で保持。この姿勢で、歴代天皇・皇后がたの御入場をお迎えする。鏡の前で練習した、正しくてカッコいい姿勢だ。「キョロキョロしてはいけません」と言われるまでもない、元明天皇がすぐそこを歩いていらっしゃろうと、絶対に、見ない。下級貴族の分際で、御尊顔を拝するなど畏れ多いこと。
ところで、貴重品は準備された小さな巾着に入れ、袖の中に隠して絶対に見えないように言われている。だからほとんどの貴重品は嫁に預け、連絡用にスマホだけを持っていた。行列の際は右手の袖に隠し入れていたわけなんだけど、スマホの重量がじわじわ効いてくる。地味ぃ~に、重い。ただでさえ左より貧弱な右腕が悲鳴を上げる。筋肉がプルプルしてくる。それでも、意地で体勢をキープ。
最後のグループの整列が完了すると、同じように太鼓が打たれ、「なおれ!」の号令がかかる。礼をやめ、朱雀門正面へ向きを変える。
あれ、そういえば前回は遣唐使節団とかいなかったっけ?そっか、行列は人数以外も減らしているんだ。


元明天皇がお出ましになる前に、再び磬折。次の直れの号令で頭を上げると、元明天皇たちのお姿がほぼ正面に。文武百官って行列でも前のほうだし、あれ、ここ特等席じゃん!
笏を持つ手は、へそに付けてしばらく休憩。帰りのために回復させねば。
そして、「平城遷都之詔」が発布される。本来は大極殿にて執り行われる儀式だけど、周辺は大極殿院復原整備工事中なので、朱雀門基壇を大極殿に見立てている。にしても、遷都を宣せられるのであれば遷都元の藤原宮ですべきこと……などと野暮なツッコミをしてはいけない。まさに今、平城の地、四禽図に叶い、三山鎮を作しているのだ!
疫禍にあって大声を出すことが憚られるため、「宜しく都邑を建つべし」の唱和は行われない。3年前と比べて、そこはちょっと寂しく感じた。
詔の発布をお祝いすべく、子供たちがステージに上がると、観客からどよめきが起こった。その愛らしい姿に、皆が一斉に笑みをこぼしたからだろう。雅楽が流され、舞うは童舞『胡蝶』。たどたどしい歩みから一転、舞い始めると切れのある動作を見せるから凄い。これまた最高の席で観賞できた。


一通り儀式が終わると、歴代天皇・皇后がたの御退場を、磬折でお見送りする。元明天皇御一行に続き、僕ら文武百官も退場。しかし、まだ終わっていない。最後の最後まで背筋を伸ばして。帰りのスピードは若干速めだったけど、足並みを揃えて。かくていざない館南側芝生にて、行列終了!
緊張より解き放たれた面々から、お疲れ様でしたの声が口々に上がる。早々と身内が駆け寄ってきている人や、カメラに取り囲まれる人、談笑に興じる人など、雑然とした空気に。この、雅な人々がわちゃわちゃしているのがいいんだよね。
家族や友人が会場にいるとしても、学生たちと違い応募参加組は基本的にぼっち。集まる機会のたびに、自分も含め手持ち無沙汰になっていた。わざわざこの場にいるくらいの人たちだから、きっと話が合うだろうなと思いつつも、人見知りは話しかけられないのだ。でも、気持ちはきっと同じはず。みんな、お疲れさま。
それと、幸いお世話になることなく終えられたけど、スタッフさん方のサポートの存在が心強かったんだよね。関係する皆さんのご尽力があってこそ、無事にやり遂げられたんだと心から思う。
最後に、グループ毎に記念撮影をして解散。男性貴族の青だけで固まったんだけど、一人だけ前のグループに交ざっていたなぁ。
いざない館前のテーブルに移っていた嫁のところへ戻る。他に撮りたい写真がないか訊いたら、もう十分かなとのこと。やる前は元明天皇たちとの記念写真を考えていたけど、僕もなんだか満足し切っていたから、やめにした。なので、嫁にはそこで待ってもらうことに。


テントに戻って着替え、衣装を返却し、もう一度受付へ行って、お弁当とクリアファイルを頂いた。あんまりおなか空いてなかったから、お弁当は嫁と半分こ。
腰を落ち着けて、二人で互いの苦労をねぎらい合った。位置取りに始まり、マナーの悪い観客に視界を遮られたりなど、嫁は嫁で大変だったそうだ。ありがとう、おかげさまで良い動画まで観ることができたよ。今回使用した写真のほとんどだって、嫁から拝借したものだ。重ね重ねありがとう。

おしまいに、もうひと頑張りして資料館まで歩き、春季特別展『未来につなぐ平城宮跡』を見学。元明天皇坐像にも再会できて、有り難い締めくくりとなった。
帰路も、GW真っ只中なのに短い渋滞に二度ほど当たっただけで、ほぼスムース。ツイていたね。


自分なりに精いっぱい、務めを果たした。見に来られた観光客の方々を、奈良時代へとお連れすることができただろうか。少なくとも、僕の心はあの時代に飛んでいた。仕官まで叶って、もう感無量だよ……。実行委員会の方々をはじめ、関係するすべての人々に、感謝々々。
帰宅して荷物を片付けたら、張り詰めていた糸がぷつっと切れたのか、腹痛に見舞われぐったり。自覚していた以上に、気を張っていたんだろうな。体の構えを保つために踏ん張り続けた、右腕と膝周りの筋肉と腰も、ちょっぴり痛い。だけど、それすら心地よい。
「目立つの好きじゃないのに、人から見られる役に進んで行ったね」と嫁に言われたけど、目立つのが目的じゃあないからね。あくまで、あの雅やかな行列の一員に加わりたかった、少しでも奈良時代に、阿閇ちゃんの時代に近づきたかった、その一心。だからもう大満悦だよ。楽しかったぁ!!!

サイト内検索