中尾山古墳の現地見学会

2020年11月28日土曜日 11:11

中尾山古墳なかおやまこふんは、奈良県高市郡明日香村にある終末期古墳。文武天皇陵であることが確定的といわれ、世界遺産登録を目指す構成資産として、調査が実施された。それをなんと、僕が丁度行こうと計画していた日に、現地見学会が開催されるという!なんという巡り合わせ!もちろん行くしかない!
発掘調査後にはよく現地説明会が催されるけど、感染防止の観点から、見学会となっているわけだ。どちらにしても、発掘現場の見学は、僕とって初めてのこと。楽しみでしょうがない。

というわけで、高取町の壺阪山駅前駐車場から、明日香村の国営飛鳥歴史公園館へ向けて移動。しかし、駐車場は満車との案内が。でもね、想定内。そのまま通り過ぎてぐるっと戻り、飛鳥駅の駐車場へ。良かった、こちらはまだ余裕がある。目的の古墳は少し遠くなったけど、大した距離じゃないし、停められることが肝心。
飛鳥駅からは、同じ目的と思しきお仲間さんたちが、続々と下りてきていた。考古・歴史ファンの多さを肌で感じられて、なんだか嬉しくなる。


県道209号野口平田線をずんずん歩いて、現地前に着くと、早くも百人近い人々が列を成していた。えっと、10時開始予定だよね、まだ15分前なんだけど。多くなるだろうとは予想していたけどさ、よもやこれほどとはね。


間隔を空けて並び、検温、消毒と連絡先の記入を済ませたら、受付で整理券とリーフレットを受け取る。10班の8人目。一班15人ということだから、すでに150人近いわけか。自分の後ろにもまだまだ増えている。凄い盛り上がりだ。
密集しないよう、ある程度人数が制限されてスピーカーの前に誘導された。そこで、村教育委員会の職員の方から、今回の発掘調査について説明をしてくださった。同じ内容を繰り返し話されているだろうし、今後も続くのだろうけど、とても朗らかに明瞭に述べてくださった。お話しやすいように、うなずきさんを買って出ねば。実際、解りやすかったし。発掘現場を目の前にしながらではないにしても、こうして詳しく成果を聞けるとは、本当に有り難い。
そのあとは、班ごとに列を形成して待機。前後の人と間合いを取って、嫁とビデオで繋ぐ。お喋りは躊躇われたから、雰囲気を伝えるために映像を見せてあげるにとどめた。この「雰囲気を伝える」ができるのが良い。
各班の誘導係さんはボランティアだそうだ。僕らの担当さんも、当然のように歴史が好きそうな、ニコニコのおじさま。写真は自由に撮れるけど、止まらずに進みながらの見学になるとのこと。博物館の人気展示品鑑賞みたいだ。
班別に呼ばれるのを待って、いよいよ現地へ。わくわくが止まらない。


前の班が捌けるのを待つ間に、外周石敷を食い入るように見る。1~3重目まであるのが、断片的に確認できた。今回の調査は、古墳の規模を明らかにすることが目的のひとつだそうで、3重であることは新たに判明したことだと。


紅葉が丁度見頃で、こんもりした墳丘と合わせてなかなか絵になるなぁ。


そして遂に、墳丘の発掘現場へ!露わになった石槨せっかくは、鏡で内部も少し覗けるようにしてあった。
閉塞石などには竜山石が使用されている。竜山石といえば、播磨は高砂市の産出。こんな所で身近な物が話題に上って、誇らしい気持ちになった。石槨壁面が磨かれたり、上質な石材が用いられたり、高貴な方の陵墓に相応しいというわけだ。
その構造や規模などから、骨蔵器が納められていたと考えられていて、つまり火葬墓。8世紀初めに火葬されて、精巧で装飾に彩られた石槨に納められ、八角墳に葬られるほどの人物――文武天皇しか考えられない。墓誌のような文字情報が出ていないため、確定できないけど、確定的とはいえる。
皆さんで場所を譲り合いつつも、思っていた以上にじっくり見学できた。限られた時間の中だったけど、案外写真を撮る時間があって、ホッとしたなぁ。重ね重ね有り難い……。移動してくださいって最終的には催促されちゃったけど、うちの班のボランティアさんには感謝だよ。


それから墳丘の構造が見える側へ。3段築成で、八角墳であることがなんとなく見えるような。なんでも、一周全部を掘り返すのではなく、数か所の角度から全体を推し量るんだそうだ。


外周石敷の1重目から出た沓形石造物。元々は、墳頂部の装飾だったと考えられているとのこと。撮りこぼしのないようにしたつもりだけど、ピントが甘くてちょっぴり悲しい。

それにしても、周りから文武天皇が……持統が元明が……って会話が聞こえてきて、考古・歴史ファンの熱量を感じたし、自然と阿閇ちゃんの話題も出てたのが嬉しかったよね~!


ただ……周りから少し引いて眺めていたとき、ふと思ったんだよ。古墳がお墓だってことは、頭では解っていても、実感としては全然ピンと来てなかったんだな、って。恥ずかしながら、今回の現地見学会で、初めてそれを感じたんだ。阿閇ちゃんの息子のお墓(?)を、調査とはいえ、暴かれた状態をこの目で見て、いたたまれないというか、ごめんなさいという気持ちがね、湧いてきてさ……。
タイミングが幸運にも合って、阿閇ちゃんとのゆかりも深い(というか息子)珂瑠くんのお墓であることが“確定的”とまでいわれている古墳の現地見学なんて、最初は大興奮していたんだけどね……。盗掘に遭って、おそらく骨蔵器も持ち去られていて、もうあそこに眠っているとはいえないかもだけど、それでもね……。
古墳なんて、これまでにいくつも見てきていて、石舞台とか玄室にまで立ち入ったりしてさ。博物館の展示みたいに、血の通っていないもののようにしか、捉えられてなかったんだなって。もうホント恥ずかしい。
宮内庁が御陵の調査について、現在も続いている皇室の、先祖代々のお墓に手を突っ込むなどとんでもない話だ、っていう反応するの、ホントその通りだなって、変に納得もしちゃった。歴史解明のために調査してほしいという気持ちも、もちろん今も強くあるけどね、それはそれとして。
埋め戻されたあと、改めて静かにお参りしたいな。

中尾山古墳の見学が終わり、班は解散となった。見学者たちは、他の古墳へ向かう人、帰路に着く人など、思い思いに散っていった。僕もまだ、この辺りで行きたい所がある。


まずは、この地区の代表的な古墳、高松塚古墳だ。遠くからも目を引く、美しい墳丘。飛鳥美人の通称で知られる、石室内の壁画が有名だね。
そばに高松塚壁画館もあったけど、先客が受付でまごついていたから、時間を失いたくなくてパス。ここはあくまでついでに寄ったに過ぎない。また今度行こう。


道標を頼りに南へ向かう。
それにしても高松塚周辺エリア、古墳が点在するだけじゃなくって、遊歩道が整備されていて景色ものどかで、散策するのにめちゃめちゃ良いとこだね!のんびり歩き回るだけのために、嫁を連れてもっかい行きたい。


本来の目的地は、宮内庁治定の檜隈安古岡上陵ひのくまのあこのおかのえのみささぎ。考古学名では栗原塚穴古墳くりはらつかあなこふんという。


意外なほど、こちらには寄る人がいなかった。なんか淋しい。仮に中尾山が真の文武天皇陵だとしたら、こちらにはどなたが眠ってらっしゃるんだろうね……近くには高松塚古墳もあるし、気になる。


最後に、明日香村の物販コーナーがあったから覗いてみた。可愛らしいおねーさんが、こちらの疑問に答えてくれたし、オススメしてもらったから、まんまと買ったよね。食べてみたくなったんだよ。

様々な思いが去来する、現地見学会の初体験だったなぁ。

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