神話と歴史を今に伝える大神神社

2017年12月2日土曜日 13:36

大神神社おおみわじんじゃは、奈良県桜井市にある日本最古の神社のひとつで、大和国やまとのくに一宮いちのみや。日本一の大鳥居、本殿の無い原始信仰形態、大和盆地を一望できる展望台など、見所盛り沢山。日本神話を語るうえでも欠かせない神社だ。念願叶って参詣してきたよ!

週末天気が良いらしい。いつものホテルの空室も1室残ってる。それなら奈良へ行こう。と金曜に宿泊予約して、土日に旅行を決行。我ながらフットワーク軽いなぁ。
8時半に出発して阪神高速、西名阪道を走り、天理ICで下りたら南下。箸墓古墳を左手に見ながらさらに進むと、前方に特大の鳥居が現れる。車に乗ったまま鳥居をくぐり、大鳥居南駐車場に到着。11時前、まだ空きはあるが、結構な台数が停まってる。


大神神社のシンボル、大鳥居は高さ32m!高砂市の鹿嶋神社の大鳥居も相当デカかったけど、それを6m上回るのか。正直デカ過ぎて、どっちが大きいのか目測では測れない。しかも耐久年数1300年ってマジか。
巨大な物体って、それだけで心が躍るね。

いつまでも鳥居ばかり見上げててもしょうがないので、参道を歩き始める。万葉まほろば線の踏切を渡ると、正月でもないのに露店が出てて、やっぱ著名な神社は違うなと思った。


社号標の奥に、二の鳥居。扁額には『三輪乃神』の文字が。熱心に一眼レフを構える高齢の方々が目についた。
なお一の鳥居は、大鳥居よりやや南東にある。


常緑樹に囲まれた参道を行くと、橋の手前に祓戸神社はらえどじんじゃ。お参りして心と体を祓い清めていただいた。


橋を渡った先には夫婦岩めおといわがあり、磐座信仰を早速見つけられた。こういうところが大神神社らしいと思ってる。


拝殿へと続く石段の途中、見事に黄色く色づいたカエデに、思わず足を止めた。まだまだ楽しめるねぇ。


拝殿の前まで行くと、人だかりができていた。何かと思えば、拝殿内で巫女さんが神楽を舞っている。右の柱の『十二月三日午前十一時 献菓祭』と書かれた札に気づいて合点がいった。


献菓祭とは、大神神社公式サイトによれば「県内の菓子業者が参列し、銘菓がお供えされて菓子業界の発展と安全が祈られます。」とのこと。この日この時間にここを訪れたのはまったくの偶然。良いものを拝めたもんだ。
神楽の邪魔をしないよう、控えめに柏手を打って参拝。

大神神社は三輪山みわやまを御神体とするため本殿が無く、拝殿を通して三輪山を拝むという、古神道の姿を今日に留めている。
拝殿の奥には三ツ鳥居みつとりいという様式の鳥居があり、参集殿で申し込めば拝観できる。が、神事を催行中は当然できないだろうね。
主祭神はオオモノヌシ。古事記には、国造りのパートナーを失って途方に暮れていたオオクニヌシ(出雲大社の主祭神)の元に現れ、
「私を、大和の青垣の東の山の上に祀れば、国造りを手伝おう」と言い、この神は御諸山みもろやまに鎮座する神である。
と記されている。日本書紀では、同じ状況だが少しセリフが違い、
「私はお前の幸魂さきみたま奇魂くしみたまである。大和の三諸山みもろやまに住もうと思う」と言って、これが大三輪の神。
とある。御諸山、三諸山などと書くが、いずれも三輪山みわやまの別称だ。
「東の山」が三輪山とすれば、「大和の青垣」は生駒山や葛城山、金剛山といった奈良盆地を囲う山々のことだろう。
神霊には荒魂あらみたま和魂にぎみたまという二面性があり、和魂はさらに幸魂・奇魂に分けられる。記述を素直に受け取れば、オオクニヌシの豊かさや知恵の側面を持つのが、オオモノヌシといえる。


拝殿右手に下りた先の鳥居をくぐり、階段を上っていくと、天皇社てんのうしゃがある。ここには第10代の崇神すじん天皇がお祀りされている。
オオモノヌシはまた、崇神天皇の御世に疫病を流行らせる祟り神として登場する。巫女ヤマトトトヒモモソヒメに憑依して神託を下し、自分の子孫に自分を祀らせれば平穏になると告げた。


拝殿の前にある巳の神杉みのかみすぎ。蛇はオオモノヌシの化身で、崇神紀には妻となったモモソヒメがその正体を見てしまう話がある。箸墓古墳の被葬者はこのモモソヒメとされる。
このように、境内には主祭神にまつわるポイントが点在する。神話の世界を体感する思い。


今度は拝殿の左側に向かう。そこで見かけたのがエレベーター。体の不自由な方でも参拝できるように、少しでもバリアフリー化を推進しているんだろう。ここまで階段を通らずに行ける道も、あるのかも知れない。境内に病気平癒のあらたかな狭井神社さいじんじゃが鎮座していることも、無関係じゃないだろう。


くすり道はその狭井神社への参道。薬木や薬草が植えられているそうだ。植物名を記した札がそこここにあった。


途中には磐座神社いわくらじんじゃ。御祭神のスクナヒコナは薬の神としても知られ、オオクニヌシと共に国造りを行った。


それからちょっと寄り道して、大美和の杜展望台へ。西を眺望するのに順光となる、午前中に行っておきたかったのだ。
展望台に実った柿の木越しに、最初にくぐった大鳥居や大和三山、その奥の葛城山、二上山まで遥かに見渡せる。古代の歴史に思いを馳せるには絶好の景観だ。
手前の木の葉がすべて落ちてて、なるほど冬場のほうが見晴らしは良さそう。


参道に戻って市杵島姫神社いちきしまひめじんじゃの横を通り、狭井神社を拝する。昔は参拝客も少なかったと聞くけど、その頃より名が広まったのかな。
御祭神は三輪の神の荒魂。ということはオオクニヌシの和魂(オオモノヌシ)の荒魂?こうなると何が何だか。結局のところ、オオクニヌシとオオモノヌシは元々別の神で、大和で信奉されていた三輪大神とオオクニヌシとをあとから習合させた、と考えないと辻褄が合わない。


脇にあった三輪山登拝口とぬさ
自祓いの作法が書いてあったので、倣ってやってみた。何事も経験である。
御神体である三輪山は本来禁足地だが、狭井神社で申し込み種々の約束事を守れば、特別に登拝が許可される。軽々しい気持ちで立ち入って良い場所ではないので、僕らはやめておいた。


社殿奥には薬井戸くすりいど。ボタンを押すと御神水が出る仕組み。試しに一口飲んでみたら、軟らかい水だった。
横には清浄の音しょうじょうのねといって、竹筒に耳を当てると流れる水の音を聞くことができた。確かに心が清らかになった気がする。なかなか面白い仕掛けだ。


展望台方面に戻ったら、今後は久延彦神社くえひこじんじゃ
御祭神クエビコは古事記に登場する案山子カカシの神名。オオクニヌシの出会った小さな神の正体が、スクナヒコナであると教えてくれた。足で歩けないが、ことごとく世の中のことを知っている神と記されていることから、知恵の神として信仰されている。
こちらは比較的ひっそり。受験シーズンとなればもっと増えるのかな。


さて、正午を回っておなかがすいてきた。久延彦神社の参道を下ると、おあつらえ向きにそうめん屋があった。看板に『三輪の里 池側』とある。池側ということはそうでない側にも支店があるのかと思いきや、そういう名前らしい。
中に客は一人もいないようだったが、直感で悪い店ではなさそうだと判断し、嫁にも確認のうえ、入ることにした。


この直感は当たった。あんかけそうめん定食を選んだんだけど、極細素麺ののど越しが良く、アツアツのあんで体があったまる。嫁の山かけそうめん定食も相性バッチリ。三輪の特産品といえば三輪素麺だけど、にゅうめんがこんなに主役を張れる食べ物とは知らなかった。や~、美味しかった。
店員さんも感じ良かったし、僕らのあとにはぽつぽつお客さんが入りだした。


食後に立ち寄ったのが大直禰子神社おおたたねこじんじゃ。若宮社とも称する。オオモノヌシが託宣を述べた自分の子孫こそオオタタネコのことだ。
この神社、本をただせば大神寺おおみわでらあるいは大御輪寺だいごりんじと呼ばれた神宮寺。廃仏毀釈の憂き目に遭いながら、こうして建物が残っているのは不幸中の幸いだ。また御本尊は聖林寺しょうりんじに安置されているとか。
古社である大神神社の中でこうして神仏習合の名残を見られると、複雑な気持ちになる。どういう姿が一番良いのかなって。


そんな小難しい話とは打って変わって、感心したのが手水場。センサーが付いてるようで、近づくと水が流れる。節水対策、結構じゃないか。面白いし。

さすがは大和の一大聖地、大変清々しいお参りになった。空気も景色も、何もかもが素晴らしい。
もっと寒いと覚悟してたんだけど、風がなく陽射しが暖かで、歓迎されてるような気さえしたよ。ホント、行けて良かった。

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