大仙古墳を体感

2019年3月23日土曜日 15:18

大仙古墳だいせんこふんは、大阪府堺市にある日本最大の前方後円墳。全長486メートルと、長さでいえば世界でも最大の墳墓だ。世界遺産登録を目指す百舌鳥・古市古墳群もず・ふるいちこふんぐんの中核を成す存在でもある。
一周するだけでなく、VRに展望台にと、様々な方法でその大きさを体感してきたよ。

嫁も僕もスニーカーを新調したので、どっか散歩して履きならそうって話になり、たくさん歩く必要があって行きたい場所で思い付いたのが、大仙古墳。相も変わらぬ歴史方面に偏ったチョイスで呆れられるかと思いきや、嫁は快諾してくれた。そういや嫁も歩くことが好きなんだよな。
第二神明や阪神高速が渋滞していたからか、ナビさんが山寄りの回り道を案内してきた。素直に従ったものの、最寄りの駐車場まで2時間を要した。渋滞に突っ込むのと、どっちが早かったのやら。

大仙公園仁徳御陵駐車場は便利な立地のうえ安い。僕らは無事停められたけど、昼過ぎには空車待ちの列ができていた。


まずは大仙公園内にある堺市博物館で予習。漫然と回るより、目の前にあるものの価値を知ったほうが、楽しいはず。


受付で観覧料を払おうとしたら、仁徳天皇陵古墳VRツアーなんてものをやっていると。面白そう!
というわけで参加を決めた。開始時間間近だったので、程なくして他の参加者たちと一緒に、展示室内の一角に案内された。
ガイドさん(ボランティアかな)の説明を受け、ゴーグルをかぶる。映像が映し出され、いよいよ地上から上空へと昇っていき、大仙古墳の全容が見える高さまで。おお、こりゃあいい。大仙古墳に続き、周辺の古墳の解説を聴く。腰を捻れば、360度見渡せる。楽しい。
しかし、高さも位置も固定なのね。もう少し北に行って、前方後円墳を真下に見下ろしてみたかったけど。
映像は他に、築造当時の様子や古墳内部を、CG再現で見せてくれた。が、途中で飽きてきた。既知のことが多いのと、自由度が低いから単調で。
個人的に後半は要らなかったなぁ。参加して良かったとは思うけどね。


それから展示室の見学。
衝角付冑形埴輪しょうかくつきかぶとがたはにわは、いたすけ古墳からの出土品で、堺市の文化財保護のシンボルだそうだ。というのも、この古墳が開発で破壊されそうになったが、市民などの遺跡保存運動により守られたからだとか。さっきのVRのガイドさんの語りが、熱を帯びていた。堺の誇りでもあるんだろうな。
古代以外にも、鉄砲や千利休などの展示があったけど、ゴメン、あんま興味ないんだ。イケメン足軽のスタンドポップには、嫁が惹かれてたけど。


博物館を出る頃には丁度お昼どき。近くの『Cafe IROHAカフェ イロハ』に入ることにした。タイミングが良かったのか、混雑していたけどすぐに席に通された。
嫁は食べたくなったというパンケーキを、僕はご当地ものをと思い、ごりょうバーガーを注文。


ごりょうバーガー、バンズに古墳型の焼き印が入っている。載っているトレイも古墳の形だし、奥のソファ席にあるのも古墳クッションだ。こういうの、嫌いじゃない。バーガー自体は、味に奇をてらったところがなく、パティが肉厚で野菜もたっぷり、素直に美味しい。
この辺りで“御陵”といえば、仁徳天皇陵にんとくてんのうりょうともされる大仙古墳を指す。前の路の名前も御陵通だ。
で、何気なくお店の大きな窓から外を眺めると、公園に像が立っているのに気づいた。もしかして……。


食後に近づいて確かめたところ、『百舌鳥耳原由来の像』とある。鹿がいて百舌鳥が手に乗っているから、間違いない。仁徳天皇像だ。
日本書紀にこんな逸話がある。
仁徳天皇が陵の場所を定め造り始めたところ、鹿がやってきて倒れ死に、それを怪しみ傷を確かめると、鹿の耳から百舌鳥が飛び去った。それでその地を百舌鳥耳原もずのみみはらと名付けた。
と。
下調べでは引っかからず、お目にかかれると思っていなかったから、ちょっと嬉しい。ただ、白目なのが怖いよ。

カフェ隣の観光案内所にも立ち寄ってみたけど、これといって収穫は無し。


さあ、周回を始めよう。前方部の正面にある拝所から、神式で拝礼。ここが最も古墳に近づける場所だ。しかしデカ過ぎて、こんもりした森にしか見えない。
それにしても、大仙古墳ほど観光地化された“御陵”は見たことがない。みんな並んで記念撮影とか、観光地化されること自体はなんとも思わないし、むしろ歓迎したいくらい。だけど、被葬者が誰であれお墓なんだからさ、せめて手を合わせてからにしようよ。この時は、僕ら以外に誰一人として拝んでいなかったから、苦々しく思った。
拝所と一般道が近すぎるのがいけないのかな。例えば神武天皇陵や天智天皇陵には、長く静かな参道があるから、自然と厳かな気持ちになる。ここにはああいう空気が、良くも悪くも無い。


気を取り直して歩き始める。
大仙古墳は、仁徳天皇陵と宮内庁に治定されており、堺市民から“ごりょうさん”と親しまれている。だけど、考古学的根拠は無く、記紀や延喜式の記述を基にしているに過ぎない。
とはいえ、ただ歩いてもつまらないだろうと、仁徳天皇――オオサザキさまのエピソードを、嫁に解説しつつ散歩。僕の自己満足にならず、嫁も楽しんで聞いてくれた。
天皇が高所から国を見渡すと、炊煙が立たない、つまり国民が貧しいことを知り、三年間税を免除したことから、聖帝ひじりのみかどと呼ばれていること。皇后イワノヒメが嫉妬深く、天皇が吉備(今の岡山)から迎え入れたクロヒメは、皇后を恐れて本国に逃げ帰ったこと。天皇は、淡路島が見たいなどとワケのわからない理由を付けて、皇后の目を盗みクロヒメに会いに行ったこと等々。バラエティに富んでいて、話しやすいんだよね。


大仙古墳は周濠が三重になっており、歩けるのは一番外側の堀の周り。歩いていても古墳本体はまったく見えない。
でも、陪冢ばいちょうといって、巨大古墳に付き従う小型古墳が、周辺にたくさんあるのが見える。人ではなく器物だけを埋めた物もあるらしい。


西側をさらに進むと、万葉歌碑を見つけた。詠み人は磐姫イワノヒメ皇后。 さっき嫁に語ったようにイワノヒメは、記紀ともに嫉妬深いさまをことさら描かれている。
でも万葉集の4首では、天皇のことを待つ姿が浮かび上がってきて、なんともいじらしいんだよ。
ありつつも 君をば待たむ うちなびく 我が黒髪に 霜の置くまでに
(いつまでもこのまま、あなたを待ちましょう、ゆらゆらと垂らした私の黒髪に、夜が更けて霜が置くまでも)
記紀で見せる妬みの恐ろしさも、こうしたか弱い一面を知ると、嫌いになれないね。


周濠へと続く小川には、子供たちが遊ぶ姿があった。
堀のすぐそばに民家が建っていたり、ホントに街中にあるんだなぁ。
遊歩道のそこここに、イベントの係員らしき人がいた。そういえばランチの会計時に、古墳ウォークの参加者か尋ねられた。きっとそれだね。


周回の途中、堺市役所に寄り道。高層館21階展望ロビーが目当てだ。
日曜日で通常業務を行っていないためか、入れる入口を探すのに少し迷った。
エレベーターはガラガラだったけど、展望ロビーにはそこそこ人が。


大仙古墳がどれかはすぐ判った。展望できるといっても、鍵穴型が確認できるほどの高度はない。それでも見に行って良かった。
古墳より東の奥を見やると、2つコブの山。二上山だ。河内から二上山まで約20キロ、二上山から飛鳥までもほぼ同じ距離。意外なほど近い。この地から奈良を感じることができて、ロマンがあるなぁ。


大仙古墳北方の古墳を見下ろしながら話す、おじさま二人の声が耳に入った。「おっ、これ天皇陵や」「これか。はん……はん、ぜい?」
うん、ふりがな無かったら読めないよねー、反正って書いて“はんぜい”って読むんだよー、って割り込みたくなったけど、ぐっと我慢。
ロビーにはカフェもあったが、特に欲しいものがなく、休憩の必要もなかったので、スルーして下りた。


市役所から元のルートに戻り、残り半周を歩き切った。
や~、日本一の古墳は大きかった!何があったわけでもなかったけど、楽しかった、って嫁も言ってくれたよ。

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