日吉神社 埴岡神話の大岩を見てきた
2016年9月10日土曜日
16:09
兵庫県神崎郡神河町の日吉神社のあたりは、播磨国風土記にある『
記紀を勉強するうちに風土記にも興味を抱きつつあったものの、まだまだ知識不足。それでもちょっとしたきっかけで埴岡の場所を地図で確認したら、播但道からほど近い。竹田城跡や名草神社に行ったあと、帰りに寄れてしまうじゃないか。ついでといってはなんだけど、そんな次第で行ってみることにした。
播但道を南下し、神崎南ランプで下りる。JR播但線寺前駅から1キロほど南、県道404号線沿いに日吉神社はあった。小さな神社だからうっかりすると見逃してしまいそう。っていうか最初スルーした。
ただ困ったことに、周辺に駐車場が一切無い。助手席の嫁が機転を利かせて調べてくれたことがヒントになり、神社からさらに少しだけ南の、路肩が広くなってる所に車を停めることができた。ここなら邪魔になるまい。
今回の僕はとことん下調べが甘い。近場でもきっちり計画立ててから行こうと猛省した。
日吉神社の道路を挟んだ向かい側には、埴岡神話を載せた案内板が立てられてた。
オオナムチ(オオクニヌシ)のアレの絵が、そのまんま過ぎて笑いが込み上げる。いいのかこれ。
アレをはじいたことからその地名が付いた
『播磨国風土記
鳥居をくぐって左手に手水舎があったんだけど、水が、無い。このホースから自分で蛇口を捻って出せってことなんだろうか……。気が引けたので使わないことに。
整備された標柱の立派さと、この片田舎の寂れた神社の実態とのギャップに戸惑う。
まずは拝殿にてお参り。鯱瓦が載ってるのが珍しい。
御祭神はオオナムチ、スクナヒコナの埴岡神話の主人公2柱と、オオヤマクイ。オオヤマクイはオオトシとアマチカルミズヒメの御子だ。オオトシは、スサノオとオオヤマツミの娘カムオオイチヒメの御子で、妹にウカノミタマがいる。オオトシ、オオヤマクイ親子は古事記に、たった1,2行とはいえ、ちゃんと記されてるんだよな。ほとんど読み飛ばしてた箇所にあったから、探すのに苦労したよ。
そのたった1行に、オオヤマクイについては興味深い記述がある。古事記には、
とあり、つまり近江国(現在の滋賀県)の比叡山に鎮座する、ということ。全国の日吉神社や淡海国 の日枝山 に坐し
ちなみにこの日吉神社がある土地の名も
例によって本殿に近づけるだけ近づいてみる。屋根は銅板で葺いてあった。それにしても、幣殿の雨どいがいやに目立つな。
本殿の横には摂末社が並ぶ。左から、大年神社(オオトシ)、稲荷神社(ウカノミタマ)、恵美須神社(コトシロヌシ)。オオヤマクイのお父さんと叔母さんが隣にいるワケね。コトシロヌシはオオクニヌシとカムヤタテヒメの御子だし、近しい神さまが集ってるんだな。
一通りお社を巡ったら、いよいよ埴の岩探し。境内の裏手にあるらしいが、どこだ。まず本殿の裏に回ったけど、何も無い。嫁はネットで、僕は足で探して、僕が一歩先に見つけた。
末社の横の建物の後ろを進む。
すると案内板発見。
そこまで行くにはクモの巣を払わなければならなかったけど、埴の大岩が目の前に。
デカい……!高さ15mくらいの巨岩だ。
スクナヒコナが背負って歩いた末、放り投げた埴(粘土)が固まって岩になったという。彼の身体はガガイモで作った船に乗れるほど小さい。
そんな彼に見合う大きさの埴が長い年月をかけて大きくなったのか、投げた瞬間デカくなったのか、はたまた固まる前からこんなに巨大だったのか……。もしあとの2つのいずれかだとしたら、まさに神の御業。
あるいは、古事記の伝える小さな神さまではなく、播磨国風土記のスクナヒコナは大男だったのか。
こんな風にアレコレ想像するのが楽しい。そういう余地が残されてるのが、神話の魅力のひとつだと思う。
しばし大岩を仰ぎ見る……と、蚊に刺された。藪の中でじっとしてれば当然か。
境内にはもうひとつ見落としてたものが。土俵のようだ。相撲は神事だし、他の神社でも見掛けたことがある。真ん中に土が盛ってあるけど、何か意味があるのかな。
神話に思いを巡らすには、意外と良いところだった。お社以外に何か形に見えるものがあると、やっぱ気分が上がるね。