キトラ古墳の天文図を見学
2024年11月9日土曜日
13:40

天井壁画の天文図の見学を申し込み、キトラ古墳周辺地区にある四神の広場でのイベントと合わせて行ってきた!
キトラ古墳は二段築成の円墳。7世紀末から8世紀初頭に造られたとされる、いわゆる終末期古墳だ。石室には四神(青龍・朱雀・白虎・玄武)・十二支・天文図・日月が描かれ、出土品には、銀装の大刀など正倉院宝物に匹敵するほどの豪華な品が含まれる。木棺にも装飾が施されていたとみられ、かなり高貴な人のお墓だったことが窺える。加えて、被葬者の人骨と歯牙も発見されており、50~60歳代の男性1体分と分析されている。
この被葬者を巡っては、
高松塚古墳とよく比較されるキトラ古墳だけど、大きな特徴の一つが天井壁画の天文図だ。装飾的な高松塚のそれと異なり、300を超える星が線で結ばれ、中国の星座が精緻に描かれている。
この星の位置から近代統計学を用いた分析が試みられ、紀元前81年±約40年に観測されたものとする説もある。そのため、東アジア最古の星図という評価がされているのだ。
ただ、天文図としては誤りが多く、その精度から観測年代の特定はできないとの指摘もある。
とはいえ、描かれた星座の多くが現在の星と同定でき、内規・赤道・黄道・外規を備えるなど、最古の科学的な円形星図であるという価値は揺るがない。

そんな僕がキトラ古墳壁画の天文図に興味をそそられたのは、当然のことだ。
壁画公開期間終了間際にイベント開催が重なって混雑具合を懸念していたけど、行って満車だったらその時考えようと向かったところ、最寄りのキトラ古墳周辺地区第一駐車場に停めることができた。





石室の原寸大レプリカはやはり人気で、順番待ちが必要だった。
他には、高松塚古墳との比較、調査・研究のあゆみ、近くの

枠に余裕があるらしく、当日受付に列ができていた。
定刻になると、階段を上って1階へと案内された。そこで係員さんより、公開壁画の簡単な紹介と見学に関する説明がなされた。

星図の方向を理解すると、北斗とか積尸気とか、気になっていた星座を見つけられた。思っていたより至近距離からの見学で、スゴく良かった。やっぱり実物は良い。
オマケにチラシとほぼ同じデザインのクリアファイルまで貰えて、大丈夫かなって心配になるくらい至れり尽くせりだね。
古墳の外観を眺めて、ガイド施設で概要を知って、実物の壁画を見澄ましてと、現地だけで大いに学びがあった。キトラ古墳、面白いねー!
中村士「古星図・星表の新しい年代推定法 ―キトラ古墳天文図を手掛かりに」『科学史研究 (59)』日本科学史学会,2020年
宮島一彦「日本の古星図と東アジアの天文学」『人文学報 (82)』京都大学人文科学研究所,1999年
吉村日出東「高松塚型(タイプ)古墳被葬者考」『奈良文化女子短期大学紀要 (36)』奈良文化女子短期大学,2005年
若杉智宏「キトラ天文図の観測年代に関する「謎」」『なぶんけんブログ』奈良文化財研究所,2021年
宮島一彦「日本の古星図と東アジアの天文学」『人文学報 (82)』京都大学人文科学研究所,1999年
吉村日出東「高松塚型(タイプ)古墳被葬者考」『奈良文化女子短期大学紀要 (36)』奈良文化女子短期大学,2005年
若杉智宏「キトラ天文図の観測年代に関する「謎」」『なぶんけんブログ』奈良文化財研究所,2021年