熊野倶楽部で過ごすゆるやかな時間

2026年4月2日木曜日 09:51
計画では、この日の最後に訪れる場所を花窟神社にしていたから、宿泊は三重県熊野市の「里創人 熊野倶楽部」に決めていた。
ただ、雨はだいぶ小降りにはなっていたものの、花窟神社は海岸も含めて、できれば晴れの日に訪れたい場所だ。どうせ神倉神社も後回しにしたのだから、こちらも思い切って先送りすることにした。

幸い、熊野倶楽部のチェックインは14時と早い。それでも少し時間が余る。
この日は二人ともやけに鼻水が出ていて、持ってきたポケットティッシュも心許ない。ならば途中で調達していこうと、ルート上を検索すると、『スーパーセンターオークワ』南紀店にダイソーが併設されていることがわかった。前日も立ち寄った場所に、また向かうことになるとはね。
無事にティッシュを手に入れたあとは、ついでにスーパーの売り場を見て回る。旅先でその土地の日常を垣間見るのが、二人ともけっこう好きだ。
特に面白かったのは鮮魚コーナー。1パックあたりの値段だけを見ると、地元と大差ないように思えるのに、詰まっている量がまるで違う。マグロやカツオの切り身がこんなに入ってこの値段なのかと、ただただ驚かされる。他にもクジラ肉やサンマが並び、土地柄がはっきりと伝わってくる。
さらに無印良品でルームフレグランスを試したりしているうちに、ちょうどいい時間になった。

和歌山と三重の県境を越え、紀宝町と御浜町を抜けて熊野市へ。右手の車窓には、延々と続く海岸線が現れる。七里御浜というらしい。これはあとで調べてみようと思った。

熊野倶楽部の駐車場には、測ったように14時ちょうどに到着。車寄せはないと思ってそのまま駐車場に入ってしまったのだけど、フロントのある熊野四方八方帳場くまのよもやもちょうばの前には停車スペースがあった。先にこちらで荷物を降ろしたほうが、スマートだったかもしれないな。

建物の近くまで行くと、すぐにスタッフが声をかけてくれて、荷物も預かってくれた。
フロントでチェックイン手続きを行う。対応してくれたのは、経験の浅そうな若い女性で、少し緊張した様子ながらも、一生懸命に案内してくれたのが印象に残った。
まだ客室の準備が整っていないとのことで、準備ができ次第ショートメッセージで知らせるので、それまではアフタヌーンティーを楽しんでほしいという説明を受ける。
ここで面白かったのが、万歩計を渡されたこと。歩数に応じて売店でお土産がもらえる仕組みらしい。ただ、この雨の中を積極的に歩き回る気にはなれないなぁ。

広い敷地内は迷いそうになるほどで、施設マップを片手に鵲橋かささぎばしを渡る。その先にある旬彩食房馳走庵ちそうあんが、アフタヌーンティーの会場だ。

ブッフェカウンターには色とりどりのプチスイーツが並び、見ているだけで気分が上がる。ドリンクもコーヒーや紅茶だけでなく、ワインまで用意されている。せっかくだから、スパークリングワインで軽く乾杯。ちょっとしたアペリティフのような時間になった。

ふとスマホを見ると、客室の準備ができたとのメッセージが届いている。
ホットドリンクは持ち出しもできるので、コーヒーを淹れてそのまま部屋へ向かう。遊歩道を進み、少し階段を上った先にあるのが、宿坊やすらぎのくらエリアだ。

今回の部屋はスーペリアスイート「青龍」。全室スイートの中では最もベーシックなタイプらしいが、それでも十分にゆとりがある。
ベッドルームに隣接した和室には、座布団に加えて脚付きの座椅子が用意されていて、とても座りやすい。温泉ではないものの露天風呂もあり、特別感がある。夕食までの時間は、和室やお風呂でゆっくりと過ごした。

ディナーも同じく馳走庵。
客室を出て階段を下りたところで、ちょうど巡回バスが停まっていたので、そのまま乗せてもらう。

ハーフブッフェスタイルというのは今回が初めてだった。席に案内され、ブッフェから料理を取って戻ってくると、すぐにメインの松阪牛ステーキが運ばれてくる。思っていたよりもずっと早いタイミングだ。お腹が満たされる前に、最良の状態で主役を食べてほしいという意図なんだろうね。
ただ、正直なところ、このステーキは期待ほどではなかった。もっといい状態のものを知っているだけに、本当に松阪牛なのかと疑ってしまうほど。ブッフェの料理はどれも美味しかっただけに、そこだけが少し惜しい。

一方で、ドリンクの充実ぶりは嬉しいポイントだった。ビールやワインに加え、地酒だけで6種類、さらに梅酒や柑橘系の果実酒も豊富に揃っている。少しずついろいろ試しながら、お漬物でお酒を楽しむ時間もまたいい。
中でも、世界一統の「南方みなかた(限定酒造純米吟醸)」が好みに合った。まろやかな口当たりでありながら、後味はすっと切れる。

スタッフの対応も印象的で、空いた皿はすぐに片付けてくれるし、ドリンクコーナーでは飲み方を聞いて丁寧に注いでくれる。気さくに会話にも応じてくれて、心地よい距離感だった。

上機嫌でレストランを出たものの、このまま部屋に戻るのはなんだかもったいなくて、「Club Lounge やすらぎの座」に立ち寄ることにした。
手前のソファ席は外国人観光客で賑わっていたが、奥のテーブル席は落ち着いていて、ゆっくり腰を下ろすことができた。

ここにはまた別の地酒が並んでいて、その中で特に良かったのが、尾崎酒造の春限定「熊野桜 純米無濾過原酒」。嫁とゆったり語らないながら傾けるお酒は、何よりも美味しい。
一方で、例の外国人グループは「Cheers!」と声を上げながら乾杯し、写真を撮って盛り上がっている。その賑やかさが去ると、ラウンジは一気に静けさを取り戻した。

そろそろ引き上げようとしたとき、傘立てに置いたはずの嫁の傘が見当たらない。量販品とは違う、デザイン性の高いブランドものだ。単なる取り違えにしては、少し気になる状況。さっきのグループの誰かが持っていってしまったのかと、嫌な想像もよぎる。

怒りと焦りを覚えつつ、ひとまずフロントに相談しようと、僕の傘一本に二人で肩を寄せて歩く。
途中で嫁が思いつき、ディナー会場の傘立てを確認してみると――そこにあった。チャームもついているし、間違いない。本当にほっとした。
改めて見ると、ホテル貸し出しの傘と色味が少し似ている。おそらく悪気のない取り違えだったんだろう。あの酔っぱらいめ、と苦笑する。
思わぬハプニングだったけど、安堵しながら部屋へ戻った。

ただ、鼻炎は相変わらず続いている。花粉か、ハウスダストか、とにかくアレルギーだろう。嫁が持ってきてくれていた常備薬に助けられたよ。
いろいろあった一日だったけど、ようやく落ち着いて眠りについた。

翌朝は、普段通り7時に起床。この日は、前日までの雨が嘘のように、きれいに晴れ渡っていた。
施設マップに「小さな丘をのぼると、熊野灘の海が見えます。」とあったので、嫁の支度を待つ間に散歩がてら向かってみる。
ところが、地図の場所まで行ってもそれらしい高台が見当たらない。海がわずかに見えなくもないが、さすがにこれではないだろう。
まあ、天気も良くて気持ちのいい散歩になったし、それで良しとしよう。そう思って部屋の前まで戻ると、すぐそばに小高い丘があることに気づいた。もしかして、と登ってみると、そこからは穏やかな熊野灘が見渡せた。灯台下暗しとはこのこと。

部屋に戻って、せっかくだからもう一度露天風呂に入ろうと思い、追い炊き機能を使ってみる。ところが、なかなか温まらない。
不思議に思って説明書きをよく読むと、このタイプは一度お湯を抜いて入れ直したほうが早いらしいと分かった。リモコンの横に貼られていたその説明は英語表記だったので、最初は関係ないものだと思って見過ごしていたのだけど、まさかこんな大事なことが書いてあったとは。なるほどと納得して、その通りに準備を整える。
支度を終えた嫁と一緒にお湯に浸かり、朝のやわらかい空気の中で、ゆっくりと身体をほぐした。
客室棟のそばの桜も、散り際がまた美しく、そのあとで二人で並んで眺めた。

朝食も馳走庵で。最終日はゆっくり過ごそうと8時半スタートにしたのだけど、会場はかなりの混雑。特に子どもたちが元気に動き回っていて、少し落ち着かない雰囲気だった。
料理自体は、朝からカレーを楽しめたりと満足できる内容だったものの、客層の影響で印象はやや下がってしまったのが正直なところ。

朝食のあとは、まず紀南幸商店きなんさきわいしょうてんへ。前夜に気に入った地酒「南方」が並んでいたので、迷わず購入する。お酒好きの義父の分も含めて二本。朝から少し重たい買い物になった。
その足でフロントに立ち寄り、チェックアウトの混雑を避けるために事前精算を済ませる。
あわせて万歩計を確認すると、5,000歩を達成していたようで、プレゼントの引換券を受け取った。さすがに10,000歩までは届かなさそうだ。

再び売店へ戻り、引換券でプレゼントを受け取る。それが一泊目の宿でいただいたお着き菓子と同じ「熊野古道物語 梅クランチ」で、思わず笑ってしまった。それだけ定番のお土産なんだろうね。
地酒二本はさすがに重いので、クランチとあわせて先に駐車場の車へ運んでおくことにした。

いったん部屋に戻り、もう少しゆっくりしてから出発しようかとも思ったんだけど、また鼻がぐしゅぐしゅし始める。どうやらこのままここにいるより、外に出てしまったほうがよさそうだ。そう判断して、予定より少し早めに熊野倶楽部をあとにすることにした。

次に向かうのは、前日に見送った花窟神社。
雨に合わせて順番を変えたことで、この土地との距離も少しずつ馴染んできたように感じる。海と山に囲まれたこの場所の信仰に、もう一歩近づいていくような気持ちで、車を走らせた。

サイト内検索